「雨花様……」 ぼたんは、オレの腕にそっと触れて、心配そうに、オレを見ていた。 「どうしよう……」 本多先輩、どういうつもりなんだよ？ 一度目のキスは、オレを泣き止ませるためだって言ってたのに、さっきのは？ さっきのは……。 座り込んで頭を抱えると、ぼたんが何度か、『あの』と、言ったあと、小さな声でようやくその先を口にした。 「誰にも……絶対に言いません」 「いや……ぼたんが、言う言わないの問題じゃなくって……」 「え？」 オレの、心持ちの問題なんだ。 「なんていうか、その……隠しておけばいいってわけじゃなくて……あんなことになっちゃった自分が、許せないっていうか……」 皇は先輩に気をつけろって言ってたのに、オレは全然、そんな風には思ってなかった。 結果あんなことになっちゃって……。 先輩、ホントにどういうつもりで、あんなこと……。 「でもあれは……あちらの、一方的なこと、なのですよね？」 「もちろん、オレがしたくてしたわけじゃないよ」 　 でも。 オレは全然悪くない！とは……胸を張って、言えない。 「あちらの一方的なものなら、若様もわかってくださるかと」 「どうだろう。皇が知ったら、手打ち、とか言うかも。でも、それより……オレが……自分を許せない」 本多先輩と……二度も、キスしてしまったオレを……。 深いため息をついたオレの前で、ぼたんが急に土下座をした。 「罰を受けるのであれば……私です！」 「え？！ちょっ……ぼたん？何？！」 ぼたんの腕を掴んで立たせようとしても、ぼたんは頑なに動かない。 「いえ！……なんとお詫びをしたら……」 「どうしてぼたんが謝るの！」 「私は雨花様が襲われたというのに、お守りすることが出来ず……雨花様が苦しんでいらっしゃるというのに、私が話さなければ大丈夫だなどと、安易に考えました」 「え……待って待って！ぼたんは全然悪くないよ」 「いえ！私はあの時、身を挺してでも、雨花様をお守りすべきだったんです！」 「え？そんな……あんな、急なことだったし、止めようがない、っていうか、どうしてぼたんがそこまで思いつめるの？」 こんな小さいぼたんが、こんな、土下座するほど思い詰めるなんて……。 「雨花様……」 「オレが悪いんだよ」 「そんな！違います！」 「いや。ぼたんが自分を責めることじゃないよ。オレが、いけなかったんだ。皇は先輩に気をつけろって言ってたのに、オレ……全然そんな風に思ってなくて……」 間違っても、ぼたんが悪いところなんか一つもない。 「雨花様……」 「ぼたんが自分を責めることじゃないんだよ？」 「……」 「オレが……」 オレがしてしまったことで、ぼたんに苦しんで欲しくない。 「ごめん、ぼたん」 「そんな！」 「ぼたんは全然悪くない。だから、謝らないで」 ぼたんを立たせて、抱きしめた。 「もう、絶対にこんなことはないから。オレがしっかりするから。だからぼたんは、自分を責めないで。ぼたんが言う通り、黙っていれば、わからないことなんだろうし」 本当は……隠しているより、全部皇に話して、それで、許してもらいたいって、思うけど。 「ね？」 ぼたんは、『私が』と言って、うつむいていた顔を上げると、まっすぐオレを見た。 「万が一、またこのようなことがあれば、私が……私が必ず！雨花様の御身をお守り致します」 「え……うん。ありがとう、ぼたん」 もう一度、ぼたんを強く抱きしめた。 こんな風に、オレを庇ってくれようとするぼたんの言葉に、ありがたくて泣きそうだよ。 もう二度と、あんなことにならないように、オレが気張らないと！ オレは奥方候補で……オレだけが良ければいいっていう立場じゃないってことを、忘れちゃ駄目だ。 オレのうっかりした行動が、誰かを深く傷つけてしまうこともあるかもしれない。 もっと、自覚しないと。 せっかく新嘗祭で皇が宣言してくれたおかげで、家臣さんたちに、候補として認めてもらいつつあるみたいだっていうのに……。 こんな風に側仕えさんを苦しませるような候補じゃ、全然駄目じゃん。 「ぼたん」 「はい」 「帰ろっか」 「はい」 ぼたんと二人、迎えの車に向かって歩き出した。 「そう言えば、今日はどうしてぼたんが迎えに来てくれたの？」 いつもは運転手さんだけが来てくれる。ぼたんが一緒に迎えに来るなんて、初めてだ。 「えっ……」 「ん？」 「あ……あの……」 「あ、ううん。なんでもない。来てくれてありがとう、ぼたん」 「いえ……」 ちょっとおかしいとは思ったけど、オレの質問に、珍しくすごく動揺しているぼたんを見ていたら、それ以上突っ込んで、ぼたんが迎えに来てくれた理由を、聞くことが出来なかった。