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学祭騒動⑤

エレベーターが開いたのに、オレは動けずにいた。 「ちょっと!どうするの?」 たまひめ様がオレを冷たく見下ろしていた。 「まさかショックとか受けてるの?自分がお兄ちゃんに選ばれるとでも思ってたわけ?」 「え……いや……」 言われてみればオレは、自分でも皇の奥方には一番遠い存在だって、思ってた……はず、で……。 それならショックを受けることも……ない? 「あ……これからどうする?公開時間まで生徒会室にいる?どこか違うところにいる?」 「そうね。面白そうだから、生徒会室にいようかしら」 「じゃあ、どうぞ」 オレは平気な振りをして、たまひめ様を生徒会室に招いた。 本当は……ものすごい……ショック、だったけど。 泣きそうだった。 自分でも皇に選んでもらえないだろうって、思って、たけど! だけど……皇にすごく近い人から、こんな風に、本当に駄目なんだって言われちゃったら……。 もう……本当に……ダメなの?オレじゃ……。 たまひめ様が生徒会室に入った途端、皆の質問攻めにあって、落ち込んでいる暇もなかったのは、救いだった。 「この大量の服なんですか?」 ひとしきり質問攻めが終わると、たまひめ様が女装用の服をつまんで聞いてきた。 「ああ。それはうちの学祭の目玉企画、女装コンテストで着る服なんだ」 鏑木先輩が嬉々として説明した。 「うわぁ。……あなたも女装するの?」 たまひめ様がオレに向かってそう聞いた。 「え?うん」 「ばっつんはこれを着る予定だよ」 カニちゃんが、嬉しそうにピンクの振袖をたまひめ様に見せた。 「へぇ。似合いそう」 「だよね。ばっつんは美人さんだからなぁ。いやいや珠姫ちゃんにはもちろんかなわないけどね」 鏑木先輩の鼻の下が、これでもかと言うほど伸びて見えた。 その時、開場を知らせるチャイムが鳴った。 「あ。始まった」 「あ……じゃあ私も回ってきます。皆様、ありがとうございました」 オレと二人の時とは打って変わって、ものすごく感じのいい笑顔でそう言うと、たまひめ様はオレに『下まで送っていただけますか?』と、言った。 「あ、うん」 二人でエレベーターに乗るとすぐに、たまひめ様は『いいこと教えてあげる』と言って、ニッコリした。 「え?」 「お兄ちゃん、新嘗祭のあなたの舞を見ていないんですってね」 「え?……うん」 「お兄ちゃん、すごく残念がってた」 「えっ?!」 「あなた、今日振袖を着て、何かパフォーマンスをする予定だって言ってたわよね?」 「え?……あ、うん」 生徒会役員は、女装コンテストの審査員紹介の時に、何かちょっとしたパフォーマンスをしなければならないらしい。 オレは振袖だし、小さい頃からおばあ様に習っていた生け花でもやろうかな、なんて思ってたんだけど……。 「お兄ちゃんも、そのコンテストを見に来るかしら?」 「どうだろう?」 「そこで舞を見せてあげたら?お兄ちゃん、きっと喜ぶわよ」 「え?!」 「振袖なんだしちょうどいいんじゃない?」 そっか!皇、新嘗祭の時、オレの舞を見たかったって……言ってくれてた。 たまひめ様に言うくらいだから、本当に残念だって、思ってくれてたってことだよね? コンテストのパフォーマンスで舞うとか、全然考えていなかったけど、生け花より全然ウケるだろうし、何より皇に舞を見てもらえる場なんて、そうそうない。 「お兄ちゃんは私が会場まで連れて行くから。ね?」 「あ……ありがとう!」 うわぁ。なんかさっきまで、イヤな感じ……とか思っててごめんね!たまひめ様!いや、たまきちゃん! 「舞える?」 「うん!ありがとう!」 「……じゃあ、あとでね」 エレベーターが一階について、扉が開いた。 「ありがとう!たまきちゃん!」 「……」 返事はなかったけど、たまきちゃんは颯爽と歩いて行った。 顔も似てるけど、歩き方も皇に似てる。 皇を連れて来てくれるってことは、たまきちゃんは、オレが皇の前で舞えるように手伝ってくれるってこと、だもんね。 「……」 オレ……いっこ、気がついた。 『最遠の方様』って言葉にショックを受けた理由。 皇に選んでもらえないだろうなって、自分でも思ってたけど。 『選んでもらえない』っていう言葉の前には、『選んでもらいたいけど』って、言葉がついてるんだ。 オレは……皇に選んでもらいたい。 皇が幸せにしたいこの世でただ一人の人間に……なりたい。 だから……たまきちゃんにあんな話を聞かされて、すごく、ショックだったんだ。 「よしっ!」 落ち込んでても、苦しいだけだ。 とにかく、今やれることをやろう。 皇に、選んでもらいたいから。

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