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学祭騒動⑪

オレにしか聞こえないだろう小さい声で、だけどハッキリとたまきちゃんは『みよしは私のものなの』と、言った。 「えっ?」 聞き返そうと思ったのに、皇がオレの体を引いて、たまきちゃんの手を放させた。 「珠姫!これ以上何かすればお前だろうが……」 「ちゃんと謝りたいだけだから!……雨花様、さっき言った通りで、ちょっと意地悪するつもりで私、あんなこと……ごめんなさい!命をもって償うとか、そんな大変なことだと思ってなかったのは、本当よ」 「あ、うん。でも決めたのはオレだし。本当に、たまきちゃんのせいだなんて思ってないよ」 たまきちゃんは腕を組むと『人が好いのも、過ぎれば困りものね』と言って、鼻で笑った。 皇がすぐに『あ?!』と顔をしかめると、梅ちゃんがたまきちゃんを制するように腕を掴んだ。 うわ。また不穏な空気が……。 とにかく揉めないようにと、オレも皇の腕を掴むと、たまきちゃんは梅ちゃんに『大丈夫』と笑った。 「困りものなんだろうけど、私……そういう人、嫌いじゃない」 「え?」 たまきちゃんは『でも鎧鏡の嫁はもっと冷酷じゃないと務まらないわよ』と言って、オレに手を伸ばした。 「痛っ!」 たまきちゃんの手は、オレに届く前に、た皇に掴まれて捻られていた。 「え?」 「触るな」 皇は乱暴にたまきちゃんの手を放した。 『怖っ』と呟いたたまきちゃんは、解放された手首をさすった。 「珠姫。これ以上好き勝手に動きたいのであれば、それなりの覚悟を致せ。余を敵に回したくなければすぐに帰るが良い」 「言われなくても帰ります!」 たまきちゃんは『じゃあね、雨花ちゃん!』と手を振って、梅ちゃんと一緒に歩いて行ってしまった。 『雨花ちゃん』か。 ふふっと笑うと、皇が『どうした?』と、顔を覗き込んできた。 「ううん、何でもない」 たまきちゃん、ちょっとはオレのこと……認めてくれたのかな? でも……さっきの『みよしは私のもの』って、どういうこと? 皇に聞こうと思ったら、先に皇が口を開いた。 「そなた何をそんなに嬉しそうに……反省しておるのか?あの場で余が止めたから良かったようなものの……」 「わかってるよ!……ごめんなさい」 反省っていうより……落ち込んでるよ。 オレは、候補として失格、だよね。 「そなた……誠、珠姫を恨んでおらぬか?」 「え?うん。今、皇も自分で言ったじゃん。あそこで皇が止めたから、オレは助かったんでしょ?」 「あ?」 「あの場に皇を連れて来てくれたのはたまきちゃんじゃん。たまきちゃんが皇を連れて来てくれなかったら、オレ、本当に大変なことをしでかしてたってことだろ?」 皇はまた大きくため息をついた。 「珠姫の言うのも一理ある。人が好いのも大概に致せ」 呆れるみたいにそう言って、皇はオレを抱きしめた。 「余に……見せたかったと申したな」 「え?」 「そなたが先刻舞おうと思うたのは、余が新嘗祭に出なかったからだ。そなたや珠姫を責めるのは、筋違いと言うもの。……すまぬ」 そう言うと皇は『急がねばならぬのだったな』と言って、オレの手を取った。 「そんな風に、言わないでよ」 「ん?」 鎧鏡家から逃げ出そうとした時のことが、頭に浮かんでいた。 あの時『役立たず』って言われて、すごくショックを受けたのは、あの時にはもう、皇の役に立ちたいって、思っていたからなんだろう。 オレは今、あの頃よりもっと強い気持ちで、皇に必要とされたがっている。 皇は自分が罰を受けるとか、自分のせいだって言ってくれるけど、オレはそんな風に、庇ってもらうばかりは、イヤなんだ。 鎧鏡家の跡取りとして、色々なものを背負っているだろう皇の肩の荷を、オレが少しでも、軽く出来たらいいのにって思う。 そんなの思い上がりで、何にも出来ないかもしれない。 でも。 少しでもいいからオレも……。 皇にとって、必要な人間でいたい。 「悪いのはオレじゃんか。本当に罰が必要なら……オレの命を差し出すから」 『御霊戻し』の儀式の話を聞いた時は、何て乱暴な話だろうって、そんなこと絶対出来ないって思った。 でも今は……何より皇を失いたくない。 「オレの罰をお前が受けるなんて駄目だよ。お前は生きて、鎧鏡のお殿様にならなくちゃ」 「……うつけが!」 皇は、オレをきつく抱きしめて、何度も何度も、キスをした。 オレは、奥方候補にはそうしないといけないから、皇はオレにキスするのかなって、思ってて……そんなキスなら、して欲しくないって、思ってた。 だけど今は、義務だとしても、構わない。 候補だから仕方なく、優しくしてくれているのだとしても……ずっと、こうされていたいよ。

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