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物的証拠③
どうしてあんなこと言っちゃったんだろう。
教室に戻って落ち着くと、ものすごい罪悪感が湧いてきた。
オレ、ひどいこと……言ったよね。
だって、すごいムカムカして。
ムカついたっていうか……。
ダメだ。考え始めると泣きたくなる。
いつからかずっと……オレの中には、漠然とした不安感がある。
さっき皇に感じたムカムカも……怒ってるっていうか……不安、だったのかも。
皇が近くなったと思うほど……怖くなって、不安になる。
さっきのだって、自分の不安を皇にぶつけただけの、ただの八つ当たり、だよね。
八つ当たりで、すごく酷いことを言っちゃった。
とにかくさっきのことを皇に謝ろう。
そう思った時には、もう昼休みだった。
ご飯を食べる前に謝ろう!と、思ったのに、声を掛けられなかった。
いつもと同じように、ふっきーと一緒に教室を出て行く皇が、口端を上げるのを、見てしまったから。
「……」
皇がああやって口端を上げるのは、嬉しい時の顔だ。
皇はほとんど表情を変えないけど、楽しい時は、口端を少し上げるってことくらい、今ではオレにもわかってる。
あんな風に楽しそうにしてるってことは、皇はオレの言葉に、傷付いてなんかいないって、ことで……。
そう思うと、謝るほうがおかしいと思えた。
オレの酷い言葉で、皇を傷付けたって思ったから、謝ろうと思ったけど、それがもう思い上がりだったんだ。
『捨てる』だの『お前のものになんかならない』なんて言われたって、どうでもいい相手からなら傷付くわけない。
……そういうこと?
「相変わらず仲いいな、あの二人。いいのか?三角関係のもう一人」
カニちゃんがオレの背中を叩いて、隣の席に座った。
「三角関係なわけないだろ。見ての通りなんじゃないの」
梅ちゃんが候補じゃないとわかった途端、俄然、皇が選ぶのはふっきーなんじゃないかって思った。
駒様は年上過ぎるし、誓様にいたっては、日常の接点があるかどうかすらわからない。
それなら毎日のように一緒にいるふっきーが、一番選ばれる可能性が高いんじゃないかって、考えるのが普通だ。
「今日、早く帰るだろ?帰ったらパソコン前に集合な」
「は?」
「この前の続きしようぜ!一緒に旅に出るぞ!旅に!」
カニちゃんの言う『旅』は、オンラインゲームのことだ。
最近ずっと忙しくてやっていなかったけど、カニちゃんとは時間のある時に、オンラインゲームで一緒にパーティを組んで遊んでいた。
「ああ、ゲームね。……って、今日!」
「あ?うん。今日。学祭の後処理も終わったし、早く帰れるだろ?」
「……」
それまでずっと忘れてた。
今日皇が、オレのところに渡ってくるってこと。
「いや……今日は……ダメかも」
「そっか、どっか行くの?」
「いや、用事が……」
今日、皇……渡ってくるの?
「んじゃまただな」
「あ、うん」
カニちゃんを見もせず、生返事をした。
ごめん、カニちゃん。だけど、さっきの皇の顔が頭にチラついて、ゲームどころじゃない。
皇に謝ろうなんて思ったけど……謝る理由すらわからなくなってる。
だって皇、傷付いてないじゃん。楽しそうにしてるんだから。
『お前のものになんかならない』って言ったのに、楽しそうにしてるってことは、それでいいって……オレは皇のものじゃなくていいって……言われてるのとおんなじだ。
あんなことを言って遠ざけたのは自分なのに……それを受け入れられてしまうのが、苦しい。
オレは、皇に傷付いていて欲しかったの?
……なんてヒドイ奴なんだろう。
皇が大切じゃなかったの?
自分が何を望んでるのか、わからなくなる。
傷付いていて欲しかったなんて。
本当にオレ、皇が好きなの?
もうそれすら……わからない。
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