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物的証拠⑤
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ふわっと体が浮く感覚で目が覚めた。
ぼんやり目を開くと、皇の顔がすぐ近くに見えた。
え?何?オレ、皇に抱き上げられてる?
オレ……声を殺しながら泣き続けて……そのまま疲れて、寝ちゃってた?
でも、どうして?皇、オレのこと無視してたじゃん!
どうしたらいいのかわからなくて、気づかれないようにまた目を閉じた。
「……」
皇がオレをそっとベッドにおろして、オレから離れたのがわかった。
薄く目を開くと、部屋の隅のほうに歩いて行く皇の背中が見えた。
どこ行くの?
そう思っていると、皇は部屋の隅の棚に置かれた冷蔵庫に手を伸ばした。
えっ?!
皇からもらったプレートしか入っていないのに!何する気だよ?!
プレート……どうする気だよ。
ドキドキしながら見ていると、皇は冷蔵庫から、銀色の箱を取り出した。
「……」
割ったりとか、しないよね?
皇は箱を開けてしばらく見つめると、そのままそっと蓋を閉めた。
……何、してるの?
そのあと、皇の背中に隠れてしまって、何をしているのか見えなかったけど……銀色の箱を持っている皇が、背中を少し丸めたのがわかった。
「……」
抱きしめてる?
そう、思った。
多分、オレの、プレートが入った銀色の箱を……皇、抱きしめてる。
どうして?
皇の行動の意味がわからない。
だけど……わからないけど……泣けてきて……。
声が漏れてしまいそうになって、歯をくいしばった。
皇はしばらく抱きしめていた箱を冷蔵庫に戻すと、冷蔵庫のすぐ隣に置いてある帯飾りが入っている箱を開けて、帯飾りをそっと撫でた。
皇が何でそんなことをしてるのかわからない。だけど今すぐ飛び起きて、皇に抱きつきたかった。
だけど……お前のものにならないなんて言ったオレが、そんなことしても、いいの?
行きたいのに……怖くて動けない。
心臓の音がうるさいくらい、ドキドキ鳴ってる。
目を開けられないままでいると、こちらに歩いて来た皇が、ベッドの脇に立って、オレの頬をそっと撫でた。
「……起きたのか?……何故泣く?」
「ど、して……」
優しい声に、涙がどんどん溢れた。
「ん?」
「……」
いいの?オレ……お前にまだ、優しくしてもらえるの?
もうオレ、止まんないよ。
我慢出来ない。
皇の首にしがみついた。
あったかい皇の体温に、無性に安心して、また泣けた。
『ごめん』って伝えるのが、精一杯だった。
謝ってもいいでしょう?
傷付いてないなんて言わないでよ。
「そなたは……いつも余を惑わせる」
「っ……」
「もう……今日にでも、そなたを柴牧家殿にお返しせねばならぬと思うた」
「えっ?!」
「そなたは鎧鏡を知らず育った。どんなに時間をかけても、そなたが余を受け入れられぬなら……早いうちに手放さねばならぬと、思うた」
皇の腕が、強くオレを抱きしめた。
「だが、あれを思い出した」
「え?」
皇の視線の先に、冷蔵庫があった。
「そなたは、いつも生意気なことばかり申す。余のことなぞどうとも思うておらぬような口ぶりで……。だが御台殿はいつもおっしゃった。頭は嘘をつくが、体は嘘をつかぬ。言葉は嘘をつくが、行動は嘘をつけぬと」
母様はオレにも『頭は嘘をつくけど体は嘘をつけない』って言ってた。
「そなたの思いは、あそこにある」
皇は冷蔵庫のほうを見ると、オレの顔を上げさせて、ほんの少し触れるだけのキスをした。
「す、めらぎ……」
「そなたが誠、余のものになる気がないのであれば……余が贈ったあのプレートを、捨てよ。そなたがそうせぬうちは……柴牧家殿には返さぬ」
「……」
「……返せぬ」
小さく耳元で呟いて、皇はきつくオレを抱きしめた。
もう……頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。
ぐちゃぐちゃで……。
皇が大好きってことしか、考えられない。
「ひどいこと、言って、ごめん」
「……許さぬ」
「怒った?」
「……不安、だった」
そう言った皇を、オレは強く抱きしめた。
この殿様な皇が、不安、だったなんて……。
「……ごめん」
「許さぬ」
皇の手が、オレの頬に添えられた。キス、される前に……オレから、した。
「……ごめん」
「此度ばかりは許さぬ」
皇の唇が、そっと重なった。
「ごめんなさい」
「許さぬ」
小さな音をたてて、何度か唇が重なった。
「……ごめんってば」
「許さぬ!」
皇の首にぎゅっとしがみつくと、そのままベッドに押し倒された。
皇の瞳を覗く間もなく、皇の唇がオレの口をしっかり塞いで……何も、言えなくなった。
「んっ、う……」
「……青葉……」
「っ!」
名前……。
「青葉……」
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