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物的証拠⑦

✳✳✳✳✳✳✳ 「雨花様」 「……」 「雨花様?」 「……」 「雨花様!」 「うわあっ!な、な、なにっ?!」 どこか遠くでオレの名前を呼んでるなぁ……と思っていたら、目の前であげはが首を傾げてこちらを見ていた。 あ。朝ご飯の時間だったんだっけ。 ぼうっとしたまま席について、箸も持たずにご飯を見つめてしまっていた。 「雨花様、寝不足ですか?」 あげはがニヤニヤしている。 「え……う?」 うんともううんとも言えない返事を返した。 寝不足ですかって……間違いなく寝不足ですけど。 そんなことを言ったらまた、あげはに変なことを言われそうだし。 「若様って、雨花様が寝不足になるくらいすごいんですか?」 あげはが声を潜めて聞いてきた。 「なっっっ?!」 なんてことを!あげは!! 「すご、すごいって……なに言ってんのっ!」 オレがワタワタすると、あげはは難しい顔をして、更に声を潜めた。 「若様のいびきがひどいらしいって本当なんですか?だから若様は、人前では絶対に寝ないって。そんなすごいんですか?」 「いびき?!……う、うん!ひどい!ホントひどくて眠れない!」 「うわぁ。あんなカッコイイのに、いびきがひどいとか……」 あげははものすごく嫌そうな顔をした。 いや、皇、いびきなんてかかないけど。 そういうことにしておかないと、これ以上掘り下げられても、返事に困る。 「あれ?」 あげはが急にオレの首元に視線を落として、また首を傾げた。 「え?何?」 「どうしたんですか?そこ。赤くなってますよ?」 あげはがオレの首元を指差した。 「え?」 「こら、あげは!」 後ろでふたみさんと一緒に、朝ご飯を見守ってくれていたさんみさんが、あげはを咎めるように声を掛けた。 「そういうことは、聞かなくていいんです」 「え?何でですか?何かご病気だったらって、心配でお伺いしただけなのに」 首元が赤く……? 「っ?!」 オレは夕べのことを思い出して、急いでシャツのボタンを一番上まできっちり留めた。 夕べ、散々……皇にキスされた。 思い出すと、また勃ちそうになる。 ダメ!ダメ! ち、違うことを考えないと! でもそう思えば思うほど、皇の唇を思い出す。 首元の赤いのって……皇が、強く……吸ったから? キッ!キスマークってやつ?! うおおおおおお! 首元なんて自分で見れないよ! 顔を洗うのもぼうっとしてて、そんな……キスマークが残ってるなんて、気付かなかった。 それをあげはに指摘されて、さんみさんに止めてもらうとか……。 少なくともそこに立ってるふたみさんとさんみさんには、キスマークだってバレてるってこと? ああ、もう部屋に帰りたい。 っていうか、今日は学校が休みだからいいけど、月曜日まで残ってたら、体育とかどうすんの?!キスマークっていつ消えるの?! うおおっ! 「大丈夫なんですか?雨花様?」 心配顔のあげはに、何て言ったらいいんだよー! 「あ、うん!大丈夫!……ダニ?ダニかも」 「えっ?ダニ?……ダニって何ですか?」 「……」 うん、そっか。こんな小さいうちから、曲輪勤めなんてしてるあげはは、ダニなんか知らなくても仕方ないよね。あう。 「雨花様、お早くお召し上がりいただきませんと、冷めますので」 ふたみさんが笑いながら声を掛けてくれて、助かった。 「あ!はい!いただきます!」 「ええっ、ダニって何ですか?」 「あげは、ダニは自分でお調べなさい」 「……はぁい」 さんみさんにそう言われて、口を尖らせたあげはがご飯を食べ始めた。 「……」 首元が……熱い。 皇に、何度もキスされた昨夜の記憶が……蘇ってくる。   抱きしめられた腕の中で、勃ち上がっていくそれを、皇に知られまいと必死だった。誤魔化そうと体を捩ったせいで、ずり上がったシャツの中に、皇の手が入った。 つうっと、肌をなぞって這い上がった指が、左胸の中心で、オレの乳首に当たって動きを止めた。 「んんっ!」 一気に勃ち上がったものを隠すように、皇に背を向けて体を丸めると、皇はそっと、後ろからオレを抱きしめた。 うしろから回された皇の腕におずおずと触れると、皇はオレの頭にキスをして、『少しずつで良いゆえ……そなたを知りたい』と、囁いた。 そのまま……皇はそれ以上何もしないで、朝まで、オレをうしろから抱きしめたまま、だった。 オレは一睡も出来なくて……頭の上で、いつの間にかすうすう言い始めた皇の寝息を、一晩中聞いていた。 何であいつ、あんな状態で寝られるんだよ。 「……」 もう! 思い出しちゃったじゃん。 皇に触られた、左胸が……疼いて……。 「あ、あの!ごちそうさま!」 オレは逃げるようにダイニングを出て、急いでトイレに駆け込んだ。 「……んっ」 皇……。 「す、め……はぁっ……」 ほんの少しの刺激で、手の中に放たれた……白い、粘液。 「はぁ……」 初めて……皇の手を想像しながら……シて、しまった。

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