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物的証拠⑨

『最遠の方様』という言葉にドキリとした。 やっぱりオレ、そう呼ばれてるんだ。 「それって、悪口、だよね?奥方様には一番遠い存在って意味だって……」 「え?本丸から一番遠いって、褒め言葉っていうか、いい意味ですよ?雨花様」 「は?」 あげはの話だと、本丸から一番遠いところに住まわされるのは、練り歩きの時に、長い時間、家臣にお披露目するためだと言われてるんだそうだ。 その証拠に、御台様は松の丸に住んでいたそうですよってあげはが教えてくれた。 この前の新嘗祭までは、ふっきーが『最遠の方様』って呼ばれていたんだ、って。 確かに松の丸は、この梓の丸の隣で、本丸からの距離は、ここと同じくらいだと思う。 え?ってことは、最遠の方様の話も、たまきちゃんの嫌がらせだったんだ? オレ、あの時たまきちゃんから相当嫌われてたんだな。まあ、あのゴタゴタがあって、たまきちゃんの誤解は解けたと思うけど。 「じゃあ、やっぱりふっきーが、奥方様になる可能性が高いんじゃないの?」 母様が松の丸に住んでたんなら、やっぱり、ふっきーが嫁に選ばれる可能性が高いのかも……。 「どうして雨花様はそうやって、奥方様に選ばれることに否定的なんですか?」 「え?」 「あんなに若様に大事にされてるのに」 「え?」 「新嘗祭で雨花様が倒れた時の若様の慌てよう!」 そこであげはが、鼻の穴を膨らませた。笑いを堪えているらしい。 「あんな若様、見たことないです」 オレはその姿を見てないけどね。母様も、あげはと同じことを言ってたっけ。 「それに、今朝だって……」 「えっ?!」 「朝のもろもろのお仕度があるので、若様は遅くとも、朝6時には本丸にいなくちゃいけないんだそうです。でも、今朝もギリギリまでこちらにいらっしゃいましたよね?若様」 「……ですね」 何故か敬語になってしまった。 「……」 今朝の事を思い出して、また一気に顔が熱くなった。 皇に抱きしめられたまま一睡も出来ずにいたけど、嬉しい気持ちで、いっぱいだった。 眠れない中、ずっとこうされていたいなんて思っていると、まだ外が暗いうちに、ドアをノックされた。 ビクッと体を震わせると、それまで確かに寝ていた後ろの皇も、ビクリと体を震わせた。 「若様、雨花様、起きていらっしゃいますか?若様の朝のお仕度の時間になりそうですが……こちらでお仕度なさいますか?」 いちいさんがどことなく遠慮がちに、ドアの向こうからそう問いかけた。 皇はオレの頭にキスをして、ドアに向かって答えた。 「いや……間に合うよう戻る」 「かしこまりました」 いちいさんの足音が聞こえなくなると、皇はオレの体をくるりと回して、向かい合わせの状態で、じっとオレを見つめた。 うっ……。 寝起きも普通にカッコイイし。 「……おはよ」 無性に照れながら、そう言って顔を伏せた。 「ああ」 皇が、オレをきゅっと抱きしめた。 「そなたは……細い割に柔らかい」 なっ! ……なんか、ものすごく……恥ずかしいことを言われている気がする。 照れて何の返事も出来ないでいると、そこから二人で、黙っちゃって……。 横になったままオレを抱きしめている皇の腕が痛いんじゃないかと思って、ちょっと体を捻ったら、またぎゅうっと抱きしめられたので、そのまま動けなくなっちゃって……。 耳のすぐそばにある、皇の心臓が……ドキドキしているのに気がついて、すごく、嬉しかった。 ……オレは多分、もっと、ドキドキしていたと思うけど。 本丸に帰るっていちいさんに言ったのに、皇は全然起きようとしなかった。 「支度、間に合うの?」 「……今日の毒見役が、柴牧家殿であったら良かったに」 「え?」 その時、またドアをノックされた。 いちいさんが『もうそろそろ間に合いません』と、声をかけてきた。 「行かねばならぬ」 「……ん」 「雨花」 夕べはずっと……『青葉』と、呼ばれた。 「なに?」 「……口付けて、良いか?」 「えっ?!」 くちづけてって……。 そんなこと……初めて聞かれた。いつも急にするくせに。 ちょっ……めちゃくちゃ恥ずかしいっ! 「寝起きにそのようなことをするのは、疎まれるゆえ、せぬほうが良いと言われた」 それを聞いて、吹き出した。 なにそれ?誰に言われたの?皇の夜伽の先生に、かな? 「なんだ?」 皇はオレを睨んでる。 「えっと……」 「ん?」 「皇が……したいなら……っ!」 『したいならいいよ』って言い終わらないうちに、キス、された。 「したくないなら聞くわけなかろう!」 皇は怒ったようにそう言ってベッドから降りると、さっとガウンを羽織って出て行ってしまった。 「……」 あんな、怒ったみたいに、急いで帰っちゃったけど……オレ、見えちゃったもん。 皇の顔、赤くなってた。 皇が照れるとか……。 オレまで、照れるじゃん。   「雨花様?」 「……」 「雨花様!」 「うぇっ?!あっ!」 朝の皇を思い出して、また自分の世界に入ってた! あげはが目の前でまた、ニヤニヤし始めた。

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