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物的証拠⑩

「夕べのこと、思い出してたんですか?」 あげはがふふっと笑った。 「ちっ……」 違うと、言えない。夕べっていうか、今朝のことだけど。 「あんなにギリギリまで候補様のところにいるとか……若様は時間にうるさい方だっていうのに、ビックリです。そんなに雨花様と離れ難かったんですねぇ」 「そ、そんなこと……」 顔が熱いよー! 「え?違うんですか?若様じゃなかったら、雨花様が離れたくないぃ!とか、言ったんですか?」 「うえっ?!ちがっ!皇がっ!」 「え?若様が?」 いたずらそうな笑みを向けているあげはに気付いて、それ以上話すのを思い留まった自分を褒めてやりたい。 「え?若様がなんなんですか?」 「……もう、その話はいいの!」 「ええー!聞きたーい!聞きたいですー!」 その時、ドアがノックされ、いちいさんが『おやつにしませんか?』と言いながら入って来た。 いちいさん!なんていいタイミングで!さすがです! 「いちいさん、一番人気らしいですね」 ふたみさんがお茶を淹れてくれるのを見ながらそう言って笑うと、いちいさんは『え?』と言って、目を丸くした。 「一位様は昔から人気がありました」 ふたみさんが笑いながら、緑茶の入った湯呑を差し出してくれた。 「いちいさんって癒し系で、カッコイイっていうか、綺麗ですもんね」 「……これ以上のおやつは出ませんよ?」 「ええー!残念」 あげはが大袈裟にガッカリして見せた。 「ふっ。全くあげはは……」 「あ、お二人もご一緒にお茶しませんか?ほら、写真でも見ながら。お二人の写真もありますよ?」 ためらうふたみさんに『ご一緒させていただきましょう』と、いちいさんが笑いかけた。 『他の候補様でしたら、こんなことは許されないことでしょうけどね』と、何だか嬉しそうに笑いながら、いちいさんはそう付け足した。 「新嘗祭のお話をしていらしたんですか?」 お茶をすすりながら、いちいさんがニッコリしている。 相変わらず、癒される笑顔だ。うちのいちいさんが一番人気なのは当然だよね! 「新嘗祭の話もしてましたけど……雨花様は未だに奥方様にはなれないって思ってるみたいなんですよ?一位様」 「そこがまた雨花様の良いところなんでしょうが……」 ふたみさんがオレの湯呑にお茶を入れながら、そう言って笑った。 「雨花様に足りないのは、自信だけです」 「前にもそう言ってくれましたけど……いちいさんは、どうしてそう思えるんですか?」 いちいさんが思ってくれている、オレが皇に選ばれる理由を聞いたら、もっと自信が持てるかもしれない。 「雨花様は気付いていらっしゃらないだけで、雨花様が若様に大切にされているという証拠は、たくさんありますよ」 「え?」 「それを見つけるのは、私ではなく雨花様ご本人でなければなりません。私がなんと言おうが、ご自分で気付かれない限り、信じられないでしょうから」 確かに……そうかも。 「今朝もそうです。若様が、朝のお支度に間に合わないかもしれないぎりぎりまでいらっしゃるなど、今でも信じられません」 「ほらぁ!ね?ボクも言いましたよね?」 「それに、こちらを出て行かれる時の若様のお顔が、すごく……お幸せそうでした」 いちいさんは、すごく嬉しそうだ。 「私が鎧鏡家にお仕えして、十年になります。御台様付きとして、若様のことも、六歳の頃より見て参りましたが、あのようなお顔……初めて見ました」 「……」 「雨花様は、ご存知ないだけなのです」 『雨花様はご存知ない』って、久しぶりに聞いたなぁ。 来たばかりの頃は、駒様に散々言われたっけ。 今でもオレは、ご存知ないことばっかりだろうけど。 「あ!雨花様、また夕べのことを思い出し笑いなさってる!」 「ちっ!違うよっ!」 「お幸せそうで……何よりです」 「いちいさん……」 いちいさんが、泣きそうな顔をしていた。 本当にいちいさんって、感動屋さんなんだから。 「たくさん、お辛い思いもなさいましたね。でも若様は雨花様を大事に思っていらっしゃいます。ご心配いりません」 「いちいさん……」 「それより私は、雨花様のお気持ちのほうが、心配でした」 「え?」 「若様を、受け入れられないのかもしれないと……」 「っ!」 「それも……要らぬ心配でしたね」 そう言って、いちいさんが冷蔵庫のほうを見た。 「あ」 ……恥ずっ! 冷蔵庫で保管されているあのチョコプレートは、側仕えの皆さんにも、オレの気持ちがわかっちゃう"証拠"なんだ。 「私は末永く……雨花様にお仕えさせていただく所存です」 いちいさんはそう言って、オレに深々と頭を下げた。 「いちいさん……」 「私もです」 「ふたみさん……」 「もちろんボクもですよ!あ、でもずっと小姓ではいられませんよね?どうしよう!」 そう言ったあげはに、オレたちは『本当だ』と、笑った。 「小姓でいられなくなる時に考えよう?オレも……その時までここにいられるように、頑張るから」 オレも、もう考え過ぎない。 『その時』が来たら、考えればいい。 皇が二十歳の誕生日を迎えて、候補の中からたった一人を選ぶその時まで……頑張っても、いいよね。

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