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予感①
1月3日 曇り
今日の夜から候補は、宿下りを許されています。
鎧鏡家の正月は、あまりに過酷だった。
新年を迎えた午前0時。
他の候補様たちと一緒に本丸に集められ、鎧鏡の姓を持つ鎧鏡一族と一緒に、本丸の裏手にあるサクヤヒメ様を祀る祠に、初詣に出掛けた。
サクヤヒメ様に新年の挨拶をして、その後一旦屋敷に戻り、側仕えさんたちと一緒に、梓の丸のいたるところに、お米を置いたりお水を置いたり……。
それが終わるとすぐ本丸に戻って、お正月三が日の、日の出から日の入りまで行われる"家臣さんたちからの新年の挨拶"を、延々と受け続けた。
正月三が日は、お供え物の入れ替えや、新年の挨拶で終わって行った。
今日1月3日の日の入りまでが、家臣さんたちの初詣の期限になっていて、さっき最後の一人の挨拶を受けて、ようやく屋敷に戻って来られた。
「お疲れ様でした、雨花様」
ふたみさんがカフェオレの入ったカップを渡してくれた。
「ありがとうございます!」
カフェオレを一口飲んで、深く息を吐いた。
あー、落ち着く。
「お疲れ様です。今年は初詣に来た家臣の数も、例年より多かったように思います」
「お正月がこんなに過酷だとは思っていませんでした」
そう言うと、後ろにいたいちいさんが、ふふっと笑った。
「休む間もなく、新年の挨拶受けをなさっていらっしゃいましたから……。しかし鎧鏡家は、それだけの家臣に支えられているということです」
「そっか、そうですよね。すごいなぁ」
改めて鎧鏡家のすごさを思い知った。
「雨花様、本当に今夜戻らずとも良いのですか?」
いちいさんは、オレが脱いだ着物をとおみさんと一緒に畳んでくれながら、そう聞いた。
「あ、はい。シロを御台様に預けるのは、なるべく……少ない時間にしようかなって。御台様、だいぶお忙しいでしょうし。実家は近いですから、明日の朝出ます。それより、いちいさんたちのほうが本当に帰らないでいいんですか?」
家臣さんたちの初詣が終わる今日の夜から、候補は宿下りって言って、実家に帰ることを許されていた。
他の候補様たちや、そこの屋敷の使用人さんたちはもう帰り始めているみたいだけど、オレはシロのこともあるし、明日の朝戻ることにした。
本当は帰らなくてもいいかなって思ったんだけど……シロの散歩の時に会った母様にそう言ったら『青葉が帰らないと側仕えも帰れないんだよ?』って言われて、宿下りすることに決めた。
そんなこんなで、オレが実家にいる間、母様がシロの面倒を見るから大丈夫だよって言ってくれたんだけど……。
母様こそご実家には帰らないのかな?あ、でも病院の仕事もあるだろうし……。母様、絶対忙しいと思う。
候補の宿下りは、3日の夜から5日の夕方までと決まっている。
5日の夜、鎧鏡家の新年会が催されるから、その支度に間に合う時間までに帰ってくるようにと言われていた。
側仕えさんたちも、同じスケジュールで宿下りを許されているらしいんだけど、候補が残れば側仕えさんたちも、ここに残らなきゃいけなくなっちゃうわけで……。
だからオレ、側仕えさんたちには、4日の早朝には宿下りするんだから、皆は3日の夜から帰っていいですよって散々言ったんだけど……。
「私と二位 、三位 、十位 は残ります」
「オレが帰らないから……ごめんなさい」
「いいえ。私が残るのは雨花様がいらっしゃるからではありません。私はもともと、お正月に宿下りする予定はございませんでしたので」
いちいさんはそう言って笑ってくれた。
「二位は明日の朝には宿下りさせます。三位は……好きで残るので、雨花様がお気になさることはありませんよ」
「え?」
いちいさんはふたみさんを見て含み笑いをした。
それを見てふたみさんは、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
……ふたみさんとさんみさんって、やっぱりそういう仲、なのかな?
オレのチョコプレートを入れておいてくれた、ふたみさんのあの金の箱……さんみさんからのプレゼントだって、母様が言ってたし。
「あ、でも、とおみさんは?オレあと実家に帰るだけなので、服は自分で何とか出来ますよ?」
「私も好きで残ります。お気遣いいりませんよ、雨花様」
着物を抱えたとおみさんは、笑いながら部屋を出て行った。
「え?」
とおみさんも、誰か好きな人が、ここにいるってことかな?
「さむーい!」
シロと散歩に出て来たものの、あまりの寒さで、もう無理!
今日は三の丸には向かわず、お堀周りを少し歩いただけで踵を返した。
正月三が日は、この曲輪の中にある全ての灯篭にロウソクが灯されている。
お堀周りには、灯篭が等間隔に並べられていて、お堀の水にぼんやり映る灯籠の灯りは、何だかすごく幻想的だ。
曲輪に初めて来た日、ここを泳いで帰る日が来るかもしれない、とか、思っていたんだっけ。
そう思うと、自分で笑えた。
少し歩くと、灯篭の灯りに照らされて、チラチラと光る何かに気付いた。
「あ」
雪だ。
「寒いはずだよね。早く帰ろう、シロ」
……皇は今、何をしてるんだろう。
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