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予感③
翌朝、朝食を食べていると『散歩がてら寄った』と、皇がシロを連れて梓の丸にやって来た。
『正月は毒見役も休みだ。これから三の丸で朝餉をとる』と言うと、来たばかりなのに、シロにリードを付けて、部屋を出て行く準備をし始めた。
それだけ言いに来たのかよ。
部屋を出て行こうとする皇を見送るために席を立つと、背中を向けていた皇がふと振り返って、キスをしてきた。
「どあっ!」
近くにいるいちいさんたちを見ると、皆揃ってにっこりしている。
……めちゃくちゃ恥ずっ!
なに?今の!なんだったの?人前であんな!
こいつには、そういった羞恥心もないんですか!
「新年会に間に合うよう、戻って参るのだぞ」
「……ん」
「ん?」
皇はふっと笑うと、またオレの口先に軽くキスをした。
「ぬあっ!な……なにっ!?」
「ん?接吻をねだったのではないのか?」
せっぷんをねだったぁぁぁぁ?!
「な!な……んなわけないだろっ!」
「あ?口が尖っておる」
そう言って、オレの口をむにゅっとつまんだ。
「んんんんっ!!」
「おかしな奴だ」
口端を上げた皇に、唇をつままれたまま、またキスされた。
おかしいのは、お前だっ!
「早う帰って参れ」
オレの耳元で小さな声で囁くと、皇はシロを連れて出て行ってしまった。
「……」
もう!なんだよ!そんなこと、言ってさ。
宿下りとか……したくなくなっちゃうじゃん、バカ!
「雨花様?」
オレが項垂れていると、いちいさんに声を掛けられた。
「あ……おかわりくださいっ!」
恥ずかしさを隠すために、ご飯をおかわりしてしまった。
ふたみさんはすっごい喜んでくれたけど。『いつも少食の雨花様が』って。
宿下りしたくなくても、やっぱりしないといけないわけで……。
朝ご飯を食べてすぐ、あのパンツの入ったカバンを持って、見送りのために一緒に実家までついてきてくれるといういちいさんと共に、車に乗りこんだ。
もうこのうちには戻れないと覚悟するように……と、そう言われて出て行ってから、9ヶ月。
その間、実家に戻って来たのは、誕生日に一度だけだ。皇と一緒に。
今日はいちいさんが一緒に来てくれたけど、家を出てから初めての一人での里帰りで、何だかオレは、めちゃくちゃ緊張していた。
インターホンを押すのをためらっていると、後ろから『あら、あっくん、もう帰って来たの?早かったわね』と、柴牧の母様に声を掛けられた。
「え?」
「ん?」
柴牧の母様は、手にスーパーの袋をぶら下げていた。
なに?この緊張感のない、庶民的な感じ。最近オレ、スーパーの袋自体、見たことなかった気がする。
「柴牧家 様の奥方様。梓の一位でございます。雨花様を送って参りました」
「まぁ!梓の一位様?本物?まぁ、ありがとうございます!」
本物?って……ウハウハし過ぎでしょ。
この前会ってから5ヶ月も経ってる、めちゃくちゃ久しぶりに会う息子よりも、いちいさんをガン見する母……。
「それではこれで。また明日の昼過ぎ、お迎えに上がります」
「はい。ありがとうございます。気を付けて戻ってください」
「はい。雨花様、楽しい宿下りをお過ごしくださいませ」
「ありがとうございます!」
いちいさんは、母様にお辞儀をして車に乗り込むと、オレに深くお辞儀をして戻って行った。
「かっこいいわねぇ、一位様!」
「うん」
「あ、重いから一つ持って、あっくん」
母様はオレに、スーパーの袋を差し出した。
こうして、何の特別感もないまま、オレはスーパーの袋を持たされて、普通に家の中に入った。
そのまま昼食を作るのを手伝わされ、床屋に出掛けていたという父上を出迎えて、普通に三人で昼食を食べた。
「……」
何なの?この普通な感じ。
家臣として扱え、みたいなことを言っていた父上も、ぜんっぜん普通だった。
緊張してたのが、バカみたい。
「それにしてもあっくん、すごく綺麗になったわ」
「は?」
「まぁもともと私に似て美人ですけどね」
「……はぁ」
また始まったよ。母様のオレへの褒め言葉と見せかけての自分自慢。
「あ、何かまたはーちゃんに似てきたわね、あっくん」
「え?」
はーちゃんに?
「ま、姉弟だものね。似ててもおかしくないわよね」
「葉暖 も母上も、正月くらい戻ってくればいいのに。青葉も戻って来てるんだから」
「はーちゃんには、本当にそろそろこっちに戻って来てもらわないと!あっくんがお嫁さんに行っちゃったら、柴牧ははーちゃんが継ぐことになるんですからね」
「……」
オレより7歳上の姉上、葉暖 は、父上の仕事の都合で、家族みんなでイングランドに住んでいた時から、もう転校するのはイヤだと言って、かれこれ10年以上、おばあ様と一緒にずっとイングランドに住んでいる。
最近、はーちゃんに会ったのはいつだったっけ?
いつだったか覚えていないくらい前だ。
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