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予感⑥

「時間がない。早う帰るぞ」 「え?ちょっ……着替え!」 「そのままで良い。早う致せ」 ええっ?!そのままでって……すでに着てから三日目のヨレヨレパジャマなんですけど! そのあと。 オレの手を引く皇を何とか諌めて、曲輪から持って来たカバンを、部屋から取って来るのだけは許してもらったけど、着替えは出来ないまま、皇が着ていたコートで包まれて、父上と母様への挨拶もそこそこに、リムジンに乗せられてしまった。 「何なんだよ!」 「熱はないようだな」 皇がオレのおでこに、自分のおでこをくっつけた。 「ぎゃうっ!」 一般常識ない殿様のくせに、こういうとこだけ庶民的とか! 「あ?」 驚いて飛び退いたオレを見て、あからさまに不機嫌になっている。 「だって!まだ寝起きで……顔も洗ってないし!歯だって磨いてないし……熱出してて、お風呂も入ってなくて……」 オレ、確実に臭ってるはず。 そんな状態でくっつかれたくないよ! 「それのどこが問題なのだ?」 「え……だって臭いよ?」 「それのどこが問題なのだ?」 「は?」 こいつ……おかしい。 こいつ、おかしいって! またオレを引っ張って引き寄せようとする皇を、全力で拒んだ。 「やだってば!」 「余を拒むな」 「臭いから!」 「臭いかどうかは、余が決める」 「はぁ?!」 ぐっと引かれて、とうとう皇の腕の中に収まってしまった。 余が決めるって、臭いって決まっちゃったら、めちゃくちゃショックだろうが! 皇のデリカシー!仕事して! 「う……」 「ん?」 「ここで臭いとか言われたら、オレ……めちゃくちゃショック受けるからな!」 こういう奴には、きっちり言わないとわかんないんだ! 皇を睨んだら、ふっと鼻で笑われた。 何、笑ってんだよっ! 「なにっ?!」 「いや、何を愛らしいことを申しておるのかと思うてな」 「あいっ!」 あいらしいいいいい?! 「案ずるな」 皇はオレの顎を取って、じっと見つめてきた。 え、待って。うわ……どうしよう……目やにとかついてたら……どうしよう。 「よだれの跡がある」 親指で顎をなぞられた。 「うえっ!嘘っ?!」 「……嘘だ」 「は?!」 ニヤリと笑った皇が、オレにキスをした。 「うっ!嘘つき!」 皇を睨むと、またふっと笑った皇が『そなたはいつでも良い香りがする』と、オレの頭にキスをした。 「どあっ?!」 頭とか絶対臭いって! 離れようとしたオレを、皇はヒョイっと持ち上げて、自分の足の上に乗せた。 「ちょっ!」 「また軽くなったのではないか?」 下からオレを見上げる皇が、コートの中に手を入れて、オレの腰をすっと撫でた。 「んっ!」 ビクリと体が反応すると、皇はまた意地悪く微笑んで、パジャマのボタンを、下から外していった。 「や!……ちょっ!」 車の中で何しようとしてんの?! 運転席とこちら側は仕切られているから、運転手さんからは、オレたちが見えないんだろうけど……。 って!いやいや、そういう問題じゃない! オレは皇の手を強く掴んだ。 「余を拒むな」 「やだ」 こんなとこで、そんな……。 「そのような顔をするでない」 また顎を掴んだ皇の唇が、オレの唇を、食べるみたいに、はむって……。 うっ。 また、途端に胸が疼き始めた。 掴んでいた皇の手を離すと、皇の指が、パジャマの上から乳首を押した。 「んんっ!」 こんな……足に乗ってたら、勃った途端にバレちゃうじゃん! どうすんの!と思ったら、その時オレのお腹が鳴った。 ぐぅって。盛大に。 恥ずーっ! だって!朝ご飯も食べられなかったんだもん!仕方ないじゃん! 「腹の虫に邪魔されるとは」 「うっ……」 皇はオレを膝から下ろすと『梓の一位より預かったものがある』と、座席に置いてあった小さなバスケットを、オレに差し出した。 「え?」 「握り飯を運べと頼まれるのは、生まれて二度目だ」 中を開くと、小さいおにぎりが四個入っている。 もー!頼まれてたなら早く出せっつうの! そのおにぎりを見たら、急に今日の毒見役さんのことが頭に浮かんだ。 「皇!毒見役さんは?」 「だから急いでおる」 「あ、それで急いでるんだ」 「多少遅れるやも知れぬが問題なかろう」 「それなのに、わざわざ……」 「ん?」 うちに6時頃着いていたってことは、鎧鏡家を5時くらいには出て来たってことだと思う。 そんな朝早くから、皇がわざわざ迎えに来てくれるとか……。 胸が痛いよ……もう、皇のバカ。 「あ、ほら!皇も食べてみて。ふたみさんのおにぎり、美味しいんだよ。あ、でもこれから朝ごはんか」 差し出したおにぎりを引っ込めようとすると、皇はオレの手首を掴んでおにぎりを受け取って、すぐにガブリと頬張った。 それを見てオレも、おにぎりを口に入れた。 あ、中味、シャケだ。 「皇のおにぎり、中味、何?シャケ?」 「ん?梅干しだ」 皇のは梅干しか。 ふふっと笑って『美味しいね』と言うと、口端を上げた皇が『米粒がついておる』と、オレの唇に触れた。 「え?嘘」 「……嘘だ」 また……唇が重なった。

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