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予感⑦

毒見役さんを待たせてはいけないからと、先に皇に本丸で降りてもらうことにした。 本丸に着いた時、コートを返そうと脱いだら『そのまま羽織っておれ』と、脱ぎかけたコートでまた包まれた。 『そのような薄着で人前に出るでない』と、皇はオレに着せたコートのボタンを、キッチリ全部留めた。 「オレが薄着なの、誰のせいだと思ってるんだよ」 着替えもさせてくれなかったの、お前のくせに。 「余か?ゆえに余のコートを貸してやったのだ。早う屋敷に戻って、暖かくしておれ。ぶり返すと生徒会の新年会に出られぬぞ」 「あ……うん」 それ以上何も言わず、背中を向けて車を降りた皇に『ありがとう』って言うと、こちらに背中を向けたまま小さく頷いて、本丸に入って行ってしまった。 「……」 コートのこともだけど……時間がないのに、わざわざ迎えに来てくれて、ありがとうって意味の『ありがとう』だよ? 何の『ありがとう』か、皇、わかってくれたかな? 随分強引に連れ戻されたって感じだけど、お前が迎えに来てくれて、嬉しかったよ? 皇のコートをギュッと握って『梓の丸の屋敷までお願いします』と、運転手さんに声を掛けた。 「おかえりなさいませ!雨花様!」 「おかえりなさいませ!」 梓の丸の玄関には、側仕えさんたちが勢揃いしていた。 「ただいま戻りました。帰るのが遅くなってしまってごめんなさい」 「いいえ、ご無事で何よりでございます。あ……そちらは、若様のコート、ですか?」 皇のコートは、オレにはブカブカだ。すぐに皇のコートだって、いちいさんにはわかったみたい。 いちいさんは、コートを見ていた視線を下げると、ニッコリ笑った。 なんだろうと思って自分の足元を見ると、思いっきりパジャマだとわかるズボンが、コートの裾から見えている。 皇のコートは大きくて、オレにはブカブカだけど、パジャマのズボンを隠しきれるほどではなかったみたい。 「あ……はい」 「お着替えもせず……でしたか。若様は一刻も早く、雨花様をお迎えに行きたいご様子でしたから」 「ああ、毒見役を待たせてるから急ぐって言ってました」 「若様がそうおっしゃったんですか?」 「え?はい」 「そうですか。それなら、そういうことにしておきましょう」 「え?」 違うの? 含み笑いをしたいちいさんが『さぁ寒いですので、お早くお入りください』と、オレの荷物に手を伸ばした。 「あっ!」 今の今まで忘れてた!パンツー! オレはいちいさんに持たれないよう、カバンをがっしりと抱えた。 「どうなさいましたか?」 「いえっ!何でも!これはオレが持っていきますんで!……あっ!ふたみさん!おにぎり美味しかったです!皇も美味しいって言ってました!」 焦って話題を変えたけど、わざとらしい、よね?うわぁ。 「ありがとうございます。若様のご出発が、あまりに早い時間でしたので、ご朝食も召し上がっていらっしゃらないのではないかと思い、急いで作りました。あれくらいしか出来ませんでしたので、今、もっとちゃんとした朝餉をご用意致します」 「あ!いえ!大丈夫です!もうお腹いっぱいです!」 『でも』と言っているふたみさんに、バスケットを渡して、逃げるように部屋へ急いだ。 だって!パンツ! どうしよう!あああああっ! 「はぁ……」 とにかくまずは……うん!お風呂に入ろう! 皇、いい匂いとか言ってたけど、確実に臭いって!オレ。 あいつ……本当におかしいよ。常識だけじゃなくて、嗅覚までおかしいのか、あいつは。 とにかくお風呂に入って……そうだ!パンツもお風呂で洗おう!こっそりどこかに干しておこう! オレはそそくさとお風呂に向かった。 一仕事終えた気分でお風呂から出ると、オレの部屋のソファに、母様が座っていた。 「え?!」 「診察に来たよ。熱を出したんだって?薬は何を処方されたの?」 母様に訊かれるまま、どこの病院でどういう診断を受けて、薬はこれだと答えた。 「ん、もう熱はなさそうだ。インフルエンザじゃなくて良かったよ」 「はい」 「でも今日はゆっくり休んでいること。シロはもう少しこちらに置いておくから、世話は気にしなくていいからね」 「あ!」 「ん?」 「出来たら、シロに会いたいです。あったかいから」 「ああ、そうか。うん、そのほうがいいか。わかった。じゃあ後で連れてくる」 「はい!ありがとうございます!」 母様はそのあとすぐ、シロを連れて来てくれた。 母様はシロをオレに渡すと、すぐに『このあと病院に行くんだ』と、オレの部屋には入らず、慌ただしく出て行ってしまった。 やっぱり母様、忙しいんだなぁ。 「シロ」 呼ぶとすぐに足元に擦り寄って来る。ふかふかのあったかいシロ。 シロと一緒にベッドに潜ると、いちいさんが『お昼には起こしに参ります。朝も早かったですから、少しお休みください』と言って、部屋を出て行った。 「シロ、ただいま」 ベッドに横になりながら、隣で寝そべるシロを撫でていると、ものすごく安心して、オレはいつの間にか眠ってしまった。 で。昼に起こしてもらった時には、すごく体の調子が良くなっていた。 シロがいると、不思議といつもそうなんだ。 安心するし、元気が出る。 これってもしかしてシロのおかげ? これなら生徒会の新年会には、体調万全で行けそうだ。 「ありがと、シロ」 ギュッと抱きしめるとシロは、大きなしっぽを、ちぎれそうなほど、ブンブン振った。

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