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起………③
先輩と二人、無言で階段を降り続けた。
……気まずい。
……気まず過ぎる!
「青葉」
「はひっ!」
大袈裟なくらい、声が裏返ってしまった。
「そんな……警戒するなよ」
本多先輩が吹き出して、声を出して笑った。
「あ……ごめんなさい」
さっきのわけのわからない『すいません』とは違って、素直に謝罪の言葉が出てきた。
本多先輩には、色々な『ごめんなさい』を言いたかったんだ。
「いや、俺こそ……ごめんな」
先輩が、オレの目を見て笑いながら、そう言ってくれた。
学祭からずっと、合わせてくれなかった視線を合わせてくれたことが、すごく……嬉しかった。
もう怒ってないって……思っていいのかな。
「煙も見えないし、火事っていう感じじゃないけどな」
「あ……はい。そうですね」
本多先輩が、窓の外を見ながら話しかけてきた。
全然、普通だ。……良かったぁ。
確かに火事っぽい感じは全くしないけど、非常ベルは、未だに鳴り続けていた。
「ベル、長いなぁ。いつもはすぐ止まるのに」
「本当に火事なんでしょうか?」
三階に差し掛かったところで、何だか変な匂いがしてきた。
「あれ?何か、匂わないか?」
「あ、はい。匂います」
「……ちょっと見てくる。誰かいたら危険だ」
「えっ?!先輩!危ないですよ!本当に火事だったら……」
そう言っている間に、先輩は三階のフロアにある、特別教室の方に向かって、走って行ってしまった。
「ちょっ!先輩!」
先輩一人で行かせるわけにはいかない。オレも先輩の後ろを追った。
通路を曲がると理科実験室がある。通路を曲がった先輩が『煙だ!』と、オレを振り返って少し大きい声を出した。
「えっ?!煙?」
「ホントに火事か?」
「誰かいたら……」
誰かいたら大変だ!
先輩とオレは、走って理科実験室に近付いた。
実験室のドアを開けようと、先輩が手を掛けたところで、突然窓ガラスが中から割られたように、大きな音を立てて廊下に飛び散った。
「っうわっ!」
咄嗟に目をつぶって、顔を背けた。
うっわ!何?!爆発?!
……あれ?何か、手首が熱い。
そっと目を開けると、手首から血が流れていた。
「うっ!」
「青葉!大丈夫か?」
「あ、はい。ちょっと手首を、切りました。でも大したことは……」
「血が出てるじゃないか!保健室行くぞ!」
「いや、でも、中に誰かいたら!」
その時『大丈夫ですか?!』と、警備員さんが走ってきた。
先輩は警備員さんに今までのことを話しながら、オレの手首に自分のハンカチを巻いてくれた。
「あとはお任せします」
警備員さんに軽く会釈して、先輩は『保健室に行くぞ!』と、オレの背中を押した。
「ありがとうございます」
まだ冬休みの学校に、保健の先生はいなくて、本多先輩が傷の消毒をしてくれた。
「先輩、包帯巻くのうまいですね」
「ああ、家が家だしな。包帯を巻くのは得意なんだ。小さい頃から遊んでたから」
先輩の家は、美容整形外科で有名な病院だ。
包帯を巻いているそばから、じんわりと血で滲んでいく。
まだ血が止まりきっていないらしい。
「手首に包帯なんて……ためらい傷みたいだな」
「あははっ。オレがですか?」
そういうキャラじゃないですけど。ああでも、そんな噂をたてられそう。
「三角関係のもつれから、とか?」
先輩はそう言うと、包帯の巻き終わりをテープで留めて、そのままオレの手を取った。
「っ!」
咄嗟に、先輩の手を振りほどいていた。
そんなことをした自分に、自分で驚いて、先輩に礼を言うとすぐ、保健室を出ようとドアに向かった。
ドアを開けようとしたところで、まだ血が滲んでいるオレの右手首を、先輩が後ろから、思い切り掴んだ。
「痛っ!」
「どうして逃げる?」
どうしてって……。
だって……。
先輩は、自分で治療したオレの右手首を、ギリギリと掴んだ。
痛いっ!
……怖い。
早く逃げなきゃ!
「逃げないでくれ!」
先輩はドアに鍵を掛けると、手首を掴んだまま、引きずるような勢いで保健室のベッドまで引っ張っていって、投げるようにオレをベッドに放った。
「青葉を誰かと天秤に掛けるなんて、俺はそんな真似、絶対にしない」
先輩、何言ってるの?
首を横に振り続けるオレを、ベッドに押し付けて、無理矢理キスをしてきた先輩は、オレの服の中に手を入れた。
「っ!」
怖くて、声が出ない。
「鎧鏡は吹立とも付き合ってるんだろ?そんなヤツのどこがいいんだよ!」
先輩の指が、オレの肌をなぞった。
先輩、三角関係って噂を、信じてる?
でもだからってなんで……こんなのイヤだ!
怖くて、声が出ない。
手足を抑えつけられて、逃げられない。
助けて!
助けてっ!
……皇!
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