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…承……①
✳✳✳✳✳✳✳
「おやめください!」
ドアの外から聞こえてきた、いちいさんの叫びに近い声で目が覚めた。
え?何?いちいさん、どうしたの?
時計を見ると、まだ夜の7時を回ったところだった。
オレ、あれから寝ちゃってたんだ。
「おやめください!若様!」
「え?」
皇?皇が来たの?
なんで止めるの?いちいさん。
あ、そっか。オレが起こさないでって言ったんだっけ。
皇だけはいいですって、言っておけば良かった。
それにしたって、そんな必死で止めなくたっていいのに……。
いちいさんに『いいですよ』って声を掛けようとベッドを出ると『若様!』と言ういちいさんの声と共に、バンっと乱暴にドアが開けられた。
うわっ!びっくり、した……。
ドアの外に、着物姿の皇と、ものすごい心配顔のいちいさんが見えた。
「すめ……」
皇の顔が、今まで見たことがないくらい……険しい。
「え?……ど、したの?」
オレの問いかけには答えず、皇は真っ直ぐオレを睨みつけたまま、後ろのいちいさんに声を掛けた。
「一位。何があろうが、余が良いと言うまで、誰も中に入れるでない。……良いな?」
え?
何?何でそんな、怒ってるの?
皇が会いに来てくれたって、すごく嬉しかったのに……こんな皇、見たことない。
「若様、今日、雨花様は……」
眉を下げたいちいさんが、遠慮がちにそう声を掛けると、全て言い終わらないうちに皇が『誰も入れるなと言うたのだ。聞こえぬか?』と、冷たく言い放った。
「……」
いちいさんは唇を結んで、それ以上何も答えず、心配そうにオレに視線を送った。
「良いなっ?!」
皇が念を押すように大声を出すと、いちいさんは一瞬目を見開いて、すぐに頭を下げた。
「……かしこまりました」
有無を言わさない皇の声。誰であっても、今の皇には逆らえないと思った。初めて、こんな頭ごなしに怒鳴る皇を見た。
いちいさんは頭を下げたまま、ゆっくりドアを閉めた。
「……皇?」
心臓が、バクバクいってる。
どうして……怒ってるの?
まさか……本多先輩のこと?
……まさか。
ぼたんから、聞いたの?
「……」
無言で歩いて来た皇が、ベッドの脇に立ち尽くしていたオレの、包帯が巻かれた右手首を掴んだ。
「痛っ!」
「これは、どう致した?」
やっぱり、先輩のことを、聞いたの?
『髪一房たりとも触らせるな』と言った、皇の言葉が、頭にうかんだ。
「学校、で……」
先輩に触られたのは、確かに触られた、けど……どうしてそんな、怒ってるの?
何か、誤解してる?
でも説明すれば、わかってくれるはず。
だってオレは、やましいことなんて、してないんだから。
なのに……皇の冷たい視線が怖くて、うまく言葉が出てこない。
最初から説明しようと思うのに、ドキドキして、頭がうまく回らない。
何から言ったらいいの?
何から……。
「そちは、余を欺いた」
何から話したらいいのか考えているうちに、皇がそう言って、掴んだ手首を引っ張ると、オレをベッドに放り投げた。
「痛っ!」
ビックリして、固まった。
今まで皇に、こんな乱暴に扱われたことがない。
いつでも皇の手は、優しかったのに……。
無視された時だって、乱暴なことはされなかった。
「欺いてなんか……」
やっぱり、本多先輩のことを聞いたんだ。だけど欺いたって何?オレはそんなことしてない!
「新年会に行くと申しておったに……先輩と保健室で何をしておった?」
「え……」
何をしてた、って……保健室で、って……。
皇、何をどこまで知ってるの?
とにかく、保健室に行くまでのことを最初から説明して……。
最初からって、どこから話したら……。
ドキドキしながら、どう説明したらいいのか今日のことを思い浮かべていると、新年会に先輩たちが来ることを、皇に報告していなかったことを思い出した。
欺いたって、そのことを言ってるの?
それはオレだって知らなかったし!そこから説明しないと……。
上手く説明しなきゃと思えば思うほど、あ、とか、う、とか、言葉にならない声しか出ない。
オレに向けられた皇の視線が、怖いくらい、冷たい。
面と向かって、皇にこんな冷たく睨まれたこと、ない。
皇は、オレが皇を騙して、先輩と保健室で何か、いかがわしいことをしてたみたいな言い方をしてた。
そんなことあるわけないのに!
オレはあんなに怖かったのに!
怖くて怖くて、お前に助けて欲しかったのに!
お前の勘違いだって言いたいのに、皇の目が怖くて、うまく言葉が出てこない。
そんな怖い顔しないでよ!
いつもみたいに話を聞いてよ!
お前に会いたかったのに。
もう大丈夫だって……お前に、抱きしめて欲しかったのに。
なんで怒ってるんだよ!
やだよ。
怒らないでよ。
こんなの、いつもの皇じゃない!
冷たい視線を受けているのが怖くて、皇の視線から逃れるように、顔を背けた。
「何故、顔を背ける?やましいことがあるからであろう!」
「ち……」
『違う!』と叫ぼうとしたのに、オレに向けられた冷たい視線とぶつかって、そのまま何も言えなくなった。
オレのこと……本気で怒ってる、目。
……怖い。
怖いよ。
怒らないで……。
何も言えず、体が大きく震えた。
「許さぬ」
皇は低く冷たくそう言うと、自分の着物を縛っている紐を、するりと一本抜き取った。
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