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…承……③
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温かい……。
背中から、誰かに全身を包まれている夢を見ていた。
──── 皇? ────
怖くて、振り向けない。
だけど……違う。皇のわけない。
皇の目は、冷たくなっちゃったんだ。
いつも優しかった皇の手が、すごく、怖くなって……。
オレの話も、聞く気なんかないみたいで。
変な薬なんか使って、無理矢理……。
あんなの、皇じゃない。
オレが好きになった……皇じゃない。
……。
……オレが好きになった皇って……どんな、だっけ?
夢の中でハッとして、目が覚めた。
知らない天井が見える。
……どこ?
体を動かそうとすると、腰から下が、ひどくだるくて、体の向きを変えるのが、やっとだった。
嗅いだことのある、薬草の香りがする。
ああ……これ、三の丸の香りだ。
暗い部屋の中、微かに光っているデジタル時計に気付いた時、表示がちょうど1時に変わった。
……夜中?
ふわっとした温かさに気付いて、時計と反対側に頭を向けると、すぐ隣で、オレにぴったり寄り添うシロがいた。
ああ、さっき夢の中で包んでくれてた温かい誰かって、シロだったんだ。
ゆっくり手を伸ばしてシロを撫でて、暗い部屋をもう一度見回した。
……皇は、いない。
もしかしてあれって……夢だったのかな?
そう思って体を触ると、入院患者さんが着るような、薄い寝間着を着せられていた。
下着は……履いていない。
「っ……」
つうっと涙が出てきて……我慢出来ず、嗚咽が漏れた。
シロがピクっと起きて、オレの顔をべろりと舐めた。
「シロ……シロ!うわあああああっ!」
シロの首に抱きついて、大声で泣き叫んだ。
夢だと思うには、無理がある。
だるい腰の奥に残る、感覚。
まだ……皇が入ってるみたいだ。
さっきの行為の記憶が甦って、体がぶるりと震えた。
嘘だよ、あんなの。
……あんなの。
「っく……」
時間をかけるって、言ったのに……。
急がないって。
ちょっとオレが震えるだけで、手を止めてくれたのに。
いつも優しかった皇の目が、オレを冷たく睨みおろしてた。
思い出しても……怖い。
皇が、怖かった。
あんなに会いたいと思ってたのに。
先輩に襲われそうになって、本当に怖くて。
皇に、抱きしめてもらいたかった。
先輩に触られた時、気持ち悪いって、思った。こんなこと、皇じゃなきゃ……絶対イヤだって、思った。
皇がうちの屋敷に来てくれたってわかった時、いつもみたいに……優しく……キスしてもらえるって、思ってた。
そうすれば、怖い気持ちも気持ち悪さも、全部、消えそうだって、思ったのに。
なのに……。
優しいキスどころか、あんなこと……。
そうだ。
皇はさっき一度も……キス、してこなかった。
本当に、体を開くためだけの、行為、だったんだ。
なんで……なんでだよ?!
「うっ……っく……」
皇は、いつも何も言ってくれないけど、それでも、視線とか唇とか指とか……抱きしめてくれるちょっとあったかい体温とか、そんなので……オレのこと、大事にしてくれてるって、思ってた。
思えてたんだ。
なのに、さっきの皇は……。
「っく……うぅ……っ……」
行動が嘘をつけないなら、皇はもう、オレのこと……大事だなんて、思ってない。
縛って、変な薬まで使って……あんな……無理矢理……。
酷いよ……。
酷いよ!
そんなに憎まれるようなこと……オレ、したの?
オレが皇を欺いたって言ってたけど、それは皇が勝手に思い込んでるだけなのに!
なのに、言い訳すら……聞こうとしてくれなかった。
「……っく……」
「青葉?」
「っ?!」
暗い部屋のドアが開いて、驚いて大きく体が跳ねた。
「か……さま……」
母様が、静かに部屋に入って来た。
「青葉……」
「……っ……」
眉を寄せる母様の顔を見て、オレはまた、散々泣いた。
母様は、夕べ急に三の丸に現れたシロに無理矢理背中に乗せられて、梓の丸まで連れて行かれたのだと言った。
梓の丸に着いた時、ちょうど『御台殿を呼べ!』と叫びながら、皇がオレの部屋から出て来たところだったって……驚いてオレの部屋に入ると、意識を失ったオレがいて……母様が、オレをここに運んでくれたって……。
それからシロは、皇をオレに近づけさせないのだと、話してくれた。
「体にも脳にも、どこにも異常はないって言うから、そこは、安心して」
「え?!」
「意識が戻らないから、詳しく診てもらったんだ。私じゃなくて、他の先生に。……私が、冷静に青葉を診る自信がなくて……ごめん」
むしろそうしてもらって良かったけど……。
だけど。
失神してすぐに母様がオレを見たなら、オレが皇と何をしていたのか、母様には一目瞭然だっただろう。
一気に罪悪感に襲われて、怖くて母様から顔を背けると、手首の包帯が綺麗に巻き直されているのに気が付いた。
縛られていた感覚が手首に蘇って、体が、震えた。
「青葉……ごめん」
母様がオレに頭を下げた。
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