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……転…①
1月24日 雨
今日は、雪に変わりそうなほど冷たい雨が、しとしと降る金曜日です。
皇がオレに渡ってくるのは、いつもだいたい金曜日だった。
月曜日が、駒様。
火曜日が、誓様。
水曜日が、ふっきー。
木曜日が、梅ちゃん。
金曜日が、オレ……というように、決めているようだった。
今日は、『あれ』から三度目の金曜日だ。
先々週の金曜日は入院してたからわからないけど、先週の金曜日は、何もなかったみたいに、渡りの通達が来た。
体調不良を理由に、断ったけど。
無理矢理体を開かれたあの日から、もう半月が過ぎたんだ。ずっと学校にも行けてない。だから……皇とは顔も合わせていなかった。
どうしたらいいか、わからずにいた。
ただずっと閉じこもって、皇から逃げてるだけで。
逃げたいなら実家に帰ればいいのに、未だにプレートを捨てられない。
なんの決意も出来ないまま、ただ時間だけが過ぎていってる。
ドアをノックする音と共に『雨花様』と、声を掛けられた。いちいさんの声だ。
「若様より、お渡りの通達がございました」
「……断ってください。体調が悪いので」
「……」
「お願いします」
会えない。
未だにオレは、怖くて……皇を拒絶してる。
何が怖いのかも、よくわからない。
皇が怖いのか、皇に怒られるのが怖いのか、また無理矢理体を開かれるのが、怖いのか。
「……わかりました」
いちいさんの足音が、遠ざかって行った。
だって、会いますなんて言えない。
皇に会うのが怖いっていうのもあるけど、会うなんて言ったら、あんなことをした皇を許したことになるのも嫌だった。
苦しかったし、辛かったし……悲しかった。
普通の奥方候補なら、何にも言わずに、あんな皇を許すのかもしれない。
だけどオレには、無理だよ!
オレを物みたいに扱った皇を、受け入れるなんて出来ない。
でも、皇にそうさせたのは、オレ、なの?
オレが皇のこと、大事に出来なかったから?
皇を大事だと素直に伝えられないオレと、オレを大事にしてくれなくなった皇。
一緒に生きて行くなんて……無理なんだ。
いちいさんが去ってからほどなくして、激しくドアをノックされた。
「雨花様、入ります!」
駒様の声だ。
オレが何の返事もしないうちに、駒様はドアを開けた。
「今日も若様のお渡りを断りましたね」
「……」
「これでニ度目です。体調は悪くはないようですが?」
どうして駒様がそんなことを聞くの?
「候補が若様からの渡りを拒み続けるなど、言語道断です」
駒様は冷静そうにそう言ったけど、すごく怒ってるのが、雰囲気でわかる。
胸がドキドキして……吐きそうだ。
こんな時に限って、触っているだけで安心するシロがいない。
「私は奥方様候補の教育係として、今一度雨花様に、夜伽教育を施さねばならないようです」
「え?」
「渡りの申し出を断るなど、本来なら一度でも許されないことです。前回は若様が許せとおっしゃるので見逃しましたが、二度目はありません」
皇、が?
「若様が許しても、教育係の私が許しません」
駒様は感情の読めない顔で、ベッドに座り込むオレに近付いて来た。
……怖い!
「一番最初の渡りの時、駒様、断ってもいいって言ってくれたじゃないですか!」
「夜伽を断っても良いと申したのです。渡りを断り続けてもいいとは申しておりません」
「だって!駒様だって!皇がオレに渡らない方が……」
「私は候補の前に、若様の上臈 です」
駒様から逃げるように、ベッドから飛び降りた。
駒様、オレに何をしようとしてるの?
『夜伽の実践教育』……その言葉が、すぐに頭に浮かんだ。
……嘘だ!嫌だ!
「駒様、皇のこと、好きだって言ったじゃないですか!だったらオレが、皇と夜伽なんかしないほうが!」
「私は、候補の前に、上臈なのです」
「だけど!」
「鎧鏡の家臣にとって、若様の言葉は絶対です。それが、奥方様候補であろうとも同じこと」
皇の誕生会に『父が死のうがうちが火事になろうが瀕死の重体だろうが出席しろ』って言ってた父上の言葉を思い出した。あの時は、何言ってんの?って思ったけど……皇は家臣にとって、それだけ”絶対”なんだ。
「渡りを拒み続けるということは、若様を軽く見ているということ。それを許し続ければ、いずれ他の家臣からも軽んじられ、鎧鏡一族は潰されます」
「そんな……」
「これは、若様と雨花様だけの問題ではなく、御一族の沽券に関わる問題です。一人許せば、他にも若様を軽んじる人間が出るでしょう。例外は許しません。例えそれが、奥方様候補だとしても」
駒様はオレをドアまで追い詰めると、ぐっと腰を抱き寄せた。
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