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……転…③
「皇……」
皇の腕の中で、心臓の音を聞いていた。
皇の心音が落ち着いていくのと一緒に、オレの気持ちも、落ち着いていく。
皇……ちょっと湿ってる。
今日、雨だし。だけど、雨のせいだけじゃ、ないよね。
真冬なのに、こんなに汗かいて……急いで来てくれたんだ。
皇の着物の衿を握った。
さっきから何も言わない皇が、オレの手に、そっと自分の手を重ねた。
会うのが、怖かった。
すごく。
なのに……今オレの手は、皇にしがみついてる。
オレのために皇が、駒様に頭を下げてくれた。
オレのために……。
オレのことを怒って、あんなこと、したんじゃないの?
あの時、オレのこと許さないって、本気で言ってたじゃん。
今まで何度も怒られては許されて来たけど、今度こそもう本当に、皇に許されないのかもしれないって……すごく、怖かった。
そうだ。オレ、すごく怖かったんだ。
何がこんなに怖いのか、ずっと頭がぐちゃぐちゃしてて、よくわかんなかったけど……先輩に襲われたことや皇に無理矢理体を開かれたことより、皇に許されないって思うことが……何より一番、怖かった。
皇に嫌われたって思うと怖くて、そこからどこにも進めなかった。
思い出すと、またじわりと涙が浮かんでくる。
目が合った皇が、オレの手を握った。
「余を……拒んでおったのではないのか」
握った手に力が入った。
「お前が怖くて……会えなかった」
でも本当はすごく……会いたかった。
皇の衿をきゅっと握ると、皇は小さく『すまぬ』と言った。
「皇こそ、オレのこと許さないって、言ったじゃん」
またあの時の記憶が甦って、泣きたくなったのを、喉を絞って我慢した。
「……すまぬ」
皇は、握っていた手を離して、両腕でオレをさらに抱き寄せた。
「余も……あれからずっと……恐れておった」
「何で?!」
何で皇が?何を?
「そなたに初めて渡った日……そなたに泣かれ、二度と無理強いすまいと己に誓った。体だけを手に入れても、心が伴わねば虚しいと、そなたに泣かれて……初めて知った」
あの時『興冷めだ』とか、言ってたくせに。
本当は、そんな風に思ってたんだ。
「そう誓っても……幾度、心の入らぬそなたでも、手に入れたいと思うたかしれぬ。そのたび、そなたの泣き顔を思い出し、強く自制して参った。だのに……そなたは先輩に肌を許したのかと思い、余は……あのような……」
皇がオレの頭を胸に抱き込んで、小さく震えた。
「怒りで……己を止められなかった。そなたを先輩には渡さぬと……無理にでも余のものにと……」
皇の声が、震えてる。
「そなたが余の腕の中で意識を失い……その時ようやく、己の鬼畜ぶりに、気付いた」
皇……泣いてる?
「余の手で、そなたを永遠に失うのかと……恐ろしく……」
皇が、小さく震えてる。
「そなたが三の丸に運ばれたのち、あの日そなたの身に起きた真実を知った。余は、そなたが先輩に肌を許したと思い込み……そなたにあのような真似を……」
『すまぬ』と言って、抱きしめる腕に力を入れた皇が『どれだけ侘びても余がそなたを傷付けた事実は消えぬ』と、また小さく震えた。
「そなたに関しては、どうしても余は……冷静になれぬ」
痛いくらい抱きしめてくる皇の腕を、そっとなでた。
「些細なことすら、誰にも譲れぬ。そなたの髪一房どころか……一本たりとも……誰にもやれぬ」
苦しい。
苦しいよ。
皇、泣いてるの?
声も体も、震えてる。
……泣かないでよ。
皇の背中に腕を回すと、皇は一層強く、オレを抱きしめた。
「そなたは……余のもとにおっては……幸せになれぬ」
「な……」
何、言ってるの?
「このままではこの先も……そなたが誰かに触れられるたび、余はそなたを傷付けるやもしれぬ。それがたまらなく……恐ろしい。余自身が、またそなたを傷付ける前に……そなたを、柴牧家殿へお返し……」
「やだ!」
「雨花……」
「やだ!」
お前は、それでいいの?そうしたいの?
……やだ!
オレはいやだ!
……離さないでよ。
「何で……そんなこと言うんだよ」
「……」
「実家に帰れとか……何でお前が言うんだよ!それはオレが決めろって言ったじゃん!」
「雨花……」
「傷付いたよ!すっごい!話も聞いてくれないで!お前からもらったプレート……捨ててやろうって、何回も思った!だけど!どうしても……捨てられなかった」
「……」
「捨ててないんだから、実家に返すとか、お前が言うな!オレを傷付けるのが怖いって言うなら、誰にも触られないように、お前がどうにかすべきだろっ!」
「……」
「本当にオレのこと……お前のものだって思ってるなら……誰かに触らせたくないって、本当に思ってるんなら……お前が……」
真っ赤な瞳の皇と、目が合った。
「お前がオレのこと、もう誰にも触らせないでよっ!」
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