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オーディエンス①
外にいた皇のお付きの人の話だと、この梓の丸で、オレと小姓と一緒に朝ご飯を食べなさいというご宣託が、皇に下ったのだという。
そんな細かい指示まで出るの?サクヤヒメ様からのご宣託って……。
呆気に取られていると、皇がまた鼻で笑った。
「サクヤヒメ様からのご宣託とあらば、それに従うまで。今日の毒見役も何の文句もあるまい」
そう言って頷いた皇は、すぐ後ろにいたオレをヒョイっと抱き上げた。
「うわぁっ!」
「ここでそなたと朝餉をとるなら、起きるにはまだ早い」
オレをベッドに仰向けに寝かせると、皇はすぐ隣でこちらを向いて横になった。
うっ。
皇を、直視出来ない。
だって何か、キラキラして見える。
こんな皇と一緒に朝ごはん、とか……照れる。
朝ごはん……。
う……。
皇と一緒に朝ごはんをとれるのはすごく嬉しいけど……。
「どう致した?浮かぬ顔をしおって。余と朝餉をとるのが不服か?」
皇はさっきからオレの頬を撫でている。
するりと頬の上を滑っていく指……。
やっぱり皇は、オレよりいつも体温が高い。
皇の手、あったかくて、気持ちいい。
「違うよ」
それは、本当に違う。
「では何が不服だ?」
「不服って言うか……オレね」
「ん?」
素直に喜びきれない理由を話そうと、皇に視線を向けた。皇は頬杖をつきながら、オレの顎を引いて、キスをした。
うっ!
お前から聞いたくせに、オレの話を聞く気があるのか!こいつは!
どうしてこう自然に、そういうことが出来るんだよ、もー!
ホンット、恥ずかしいヤツ!
だけど……。
オレの顔を見て、気にしてくれたんだなって思うと……すごく……嬉しくなっちゃったりする、けど。
「オレ、あの時さ、ぼたんがお前に……先輩のことを話さなきゃ、あんなことにならなかったのにとか……そんな風に、思ったんだ。だから、何か、会いづらくて」
誰かのせいにして、自分を守ろうと必死だった。ぼたんは怪我をするかもしれないのも構わず、体を張ってオレを助けてくれた恩人なのに……ぼたんが皇に話さないでくれたらこんなことにはならなかった、なんて、ぼたんのせいにしようと、ちょっとでも考えた自分が嫌になる。
「ん?そなたは思い違いをしておる」
「え?」
「余が先輩の話を聞いたのは、余がそなたに付けておった忍びからだ」
「それって、ぼたんじゃないの?」
「違う」
「ぼたん、主の依頼でオレを守ってくれてるって言ってた。ぼたんの主って誰?」
「それは余に聞くな」
「は?」
どういうこと?もっと詳しく聞きたかったのに、皇が先に口を開いた。
「そなたの浮かぬ顔の原因は、ぼたんか?」
「あ、あと……側仕えさんたちに会うのも、気まずくて……」
あの日から、いちいさんとほんの少し会うだけで、他の側仕えさんたちとは、ほとんど顔を合わせていない。
もしかしたら、オレが皇と夜伽をするのが初めてだったって、皆全部を知っていて、オレのこと……嘘つきだって思ってるのかもしれないと思うと……怖くて会えなかった。
「気まずい?」
「だってオレ……側仕えさんたちに、嘘ついてたから」
「嘘?」
『今までお前と散々夜伽をしてましたみたいに振舞ってたから』と、小さい声でごにょごにょ言うと、皇がまた鼻で笑った。
ちょっ、何かムカつくんですけど!
こっちは本気で悩んでるのにっ!
「何笑ってんだよ!」
「何を心配しておるかと思えば……」
皇は急にオレの耳に口を近付けて『睦みあったかどうかなど余とそなた以外にわかるわけあるまい』と、囁いた。
「そなたは余の隣で、堂々としておれば良い」
そう言われれば確かに……覗かれでもしない限り、夜伽をしたかしてないかなんて、オレと皇以外にわかるわけないか。
いや!でも、わからなきゃいいってもんじゃないんだよ!うちのみんなに嘘をついてたってことが苦しいんじゃん。
「そんな嘘を許せぬのであれば、そなたは余なぞ到底許せぬであろう」
「え?」
不安げにオレを見下ろしながら、オレの胸に置かれた皇の手を握った。
鎧鏡の若様である皇は、つきたくもない嘘を、つかなきゃいけないことも、たくさんあるのかもしれない。
オレが嘘をついていた自分を責めたら、皇は自分が責められているみたいに思うのかも。
でもお前は、訳もなく嘘なんかつくような奴じゃないじゃん。何か理由があったんだろ?
そう思ったら、オレが嘘をついたのも、ちゃんと理由があったことに、気が付いた。
「……許す」
「ん?」
「オレと、お前のこと。オレ……側仕えさんたちのこと、ガッカリさせたくなかったんだ」
嘘がつきたかったわけじゃない。
皇の渡りを、すごく喜んでくれる側仕えさんたちを、ただ悲しませたくなくて、本当のことが言えなかった。
「お前がついた嘘も、オレと同じような理由でしょう?」
皇がどんな嘘をついたかはわからないけど、皇の嘘にも、きっと優しい理由がある。
「そなたは……」
皇の手が、オレの頭をそっと撫でた。
そんな風に優しく触られると、きゅうっと胸が締め付けられる。
キスされたくて、皇を見上げた。
思ったよりも強引に重なった唇に、もっと胸が締め付けられた。
「そなたが苦しいのであれば、嘘を真にすれば良い」
思い立ったように、皇がそんなことを言った。
「は?嘘を真に?」
「ああ。余と散々睦みあったと側仕え共に言うたのであろう?で、あれば……」
皇の手が、パジャマの中に滑り込んだ。
「余と散々睦み合えば良い」
耳元で、低く甘い声がそう囁いた。
「んっ!」
「そなたの中で、嘘ではなくなるまで……」
皇の指が、脇腹をなぞって上に向かった。
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