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オーディエンス②
「だ、ちょっ……待ていっ!」
皇の言うことに流されそうになったけど!
オレはパジャマの中に入っている皇の手を掴んで、外に出した。
「どうした?」
「本丸から沢山人が来るんじゃないの?」
オレが毒見役をした時みたいに、お前の支度をしに!
「だろうな。それがどうした?」
「どうしたじゃないだろうが!」
もうすぐ本丸からたくさん人が来るっていうのに、そんなことしてる場合か!
正気に戻った自分を褒めたい!
「あ!そうだ!ここ!ベッド!皆が来るなら片付けないと!」
ふと見ると、ベッドの下にオレのパンツが落ちている。
「ぎゃあっ!」
そうだ!皇の着替えを手伝おうって急いでて……パンツを履くの忘れてた!
パンツを拾って、急いで掛け布団を剥いでみると、シーツはぐっちゃぐちゃで、何だかところどころにあるシミが気になる。
「うわっ!ちょ!どいて!皇っ!」
こんなシミ……最初からあったわけがない!
うおおおお!
「あ?」
皇は相変わらず横になったまま、こちらを見ている。
涅槃像か!
お前のその妙な余裕が、たまにムカつく!この殿様気質め!
「シーツ!とりあえず外すからっ!」
あからさまに『ヤリました』的状態なんじゃないの、これ!
「それは側仕えの仕事だ」
「は?!」
それをやってもらうのが恥ずかしいから、どけって言ってんだろうがあっ!
「そなたが無駄に動くことで、側仕えの仕事が一つ減るのだぞ」
「え?」
「そなたは側仕えから仕事を取り上げる気か?」
「……」
皇はオレの手を掴んで、またベッドに引き込んだ。
言われてみれば、確かに……そう、なる?
「そなたはそなたにしか出来ぬことをしておれば良い」
「え?オレにしか出来ないって何?」
「大人しくここにおることだ」
皇はオレをふわりと抱きしめた。
「ぬあっ!」
「これ以上、何もせぬゆえ……大人しくここにおれ」
きゅって、また心臓が縮んだみたいに痛んだ。
緩く抱きしめられた腕の中は、居心地が良くて……。
「って!ちょっと、あの……」
「ん?」
このまま皇の腕の中で、大人しく抱かれていたくなる。
だけど、いっこだけ、人としてやっておかなくちゃいけないことがある!
「どうした?」
「あの……パンツ、履かせて」
皇を見上げると、目を丸くしている。
「え?」
何でびっくりしてるの?
いくらなんでも、これからみんなが来るっていうのに、パンツだけは履いておかなきゃ駄目でしょ?
こんなふうにお前に抱きしめられてたら、履けないじゃん。
「いや。そなたがそのような頼み事をするとは……握り飯を運べと言われた時より驚いた」
「は?」
何言ってんの?と思っていたら、皇はオレのパジャマのズボンをするりと下げた。
「ちょおおおっ!」
急いでズボンを引き上げると『ん?』と、不思議そうな顔をする。
「なっ、何してんだよ!」
「あ?そなたが余に下着を履かせろと申したのであろう」
「なっ!」
え?
あ、確かに。
パンツ履かせて……って、言った。
言ったけどっ!なんでお前への依頼だと思ったわけ?お前にパンツを履かせて欲しいとか言うわけないだろうが!普通わかるだろ!いや、こいつ、普通じゃなかった!
「そういう意味じゃないんだよっ!バカ!もう!」
パンツを掴んでベッドを出ようとすると、皇に『どこに行く?』と、腕を掴まれた。
「トイレ!」
『そうか。早う戻って参れ』と言いながら、腕を放した皇が、オレににっこり笑いかけた。
「っ!」
そんな顔されたら……。
オレはトイレに駆け込んだ。
「はぁ……」
あんな顔されたら、何もかも許しちゃうじゃん!ずるい!
急いで用を足してパンツを履いた。
戻ると、ベッド脇に立っていた皇に、手を引かれた。
「これから、駒も参るであろう」
「あ……」
昨夜の駒様の、冷静にオレを見下ろした顔が頭に浮かんだ。
すごく、怖かった。
駒様……どう思ってるんだろう。
皇が、オレを抱きしめた。
「あのような真似、二度とさせぬ。そなたを誰にも、触れさせぬ。余が……許さぬ限り」
強く見つめるその瞳の中に、ずっと映っていたくなる。
引き込まれるまま、皇にキスした。
その時、ドアの外が騒がしくなった。
「あ、来た?」
「そのようだ」
6時きっかりにドアがノックされ、いちいさんが入って来た。
いちいさんに白いベールを被らされると、皇の支度係の皆さんがドヤドヤ入って来て、皇は湯殿係の二人とお風呂場に消えて行った。
駒様がいたかどうか、わからなかった。
駒様のことを聞いている間もなく、皇が消えてすぐ、オレもゲスト用のバスルームに入るように言われた。
お湯に浸かると、太ももに赤い痕がついていることに気が付いた。
「っ!」
昨夜のことが、急に生々しく思い出されて、かあっと体が熱くなった。
皇が何か最もらしいことを言うから、ベッドもそのままにしちゃったけど……今更ながら、少しは整えても良かった気がする。
っていうか、それよりも……。
『ご宣託』のおかげで皆がバタバタしてて、側仕えさんたちに会うのを躊躇っている暇すらなかった。
でも……皆、全然普通だった。
ここで朝ご飯を食べろなんて、おかしなご宣託だなって思ったけど、そのおかげで、ギクシャクしてたオレの気持ちが、嘘みたいにあっという間に、普通の日常に戻れた気がする。
サクヤヒメ様って……ホントすごい!
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