142 / 584

オーディエンス③

✳✳✳✳✳✳✳ 「雨花、入るぞ」 「うえっ?!」 お風呂から出て、脱衣所でパンツを履いた時、外から皇が声を掛けてきて、オレが『いいよ』とも言っていないのに、中に入って来た。 ちょおおおっ!! 急いでシャツを着ようとしたら、ぐるぐると丸め込んでしまったシャツが頭で引っかかって、皇から見たら、めちゃくちゃ間抜けな格好だろうなぁ……みたいなことに……。 皇がぷっと吹き出した音が聞こえた。 「何をしておる?」 鼻で笑うなよっ!鼻でー! 急ごうと思えば思うほど、うまく着られないし……あーもうっ! 「着替えだよっ!見りゃわかるだろっ!」 シャツのグルグルがうまく解けずに、もがきながらそう言うと、皇はまた鼻で笑った。 「着るのか?脱ぐのか?」 「着るんだよっ!っていうか!お前ね!声を掛けたからって、すぐにドア開けるなよ!普通は『いいです』って言われてから開けるもんだろ!」 皇は『曲輪の中で、余自ら扉を開けることはそうそうない』と言うと、笑いながら、ぐるぐるになっているオレのシャツを、下まで引っ張ってくれた。 顔が出たー!と思ったら、皇の顔が目の前にあって……。 で、ちゅって……。 「……うっ!」 恥ずっ!何なの?!こいつはっ! まずは謝れ!とか、思ったんだけど……。 「……ありがと」 それ以上、怒れなくなっちゃった。 「そなたは誠、世話が焼ける」 お前が急に入って来なかったら、こんなことになってないんだよ! ……とも、言えなかった。 だって、皇、嬉しそうなんだもん。 「支度、もう終わったの?」 オレのところに来てていいの? 「気になってな。少し抜けて参った」 気になった? 「何が?」 「側仕えとはどうであった?未だ気まずいか?」 それを気にしてわざわざ来てくれたの? 何だよ、それ。 さっきはそんなの気にすんなーくらいのこと言ってたくせに。 ……喜んじゃうじゃん。 「ううん、大丈夫だった。ご宣託のおかげで皆がバタバタしてて……何か、オレも皆と一緒にバタバタしてるうちに、あっという間に普通に戻ったって感じ」 「そうか」 「あ……ぼたんとは、まだ会ってないけど」 オレはあの時……思いつく限りの人のせいにして、苦しい気持ちから逃げようとした。 人のせいにしてまで、苦しい気持ちから逃げようとした自分の弱さが、嫌なんだ。 思いつくままそんなことを皇に話すと、ぎゅうっとオレを抱きしめた。 「他人のせいにするなぞ、誰でもする。余もそうだ。そのようなことでそなたを責めるでない」 皇も? そう思うと、強く抱きしめられた腕の中で……なんか、ちょっと心が軽くなった。 「この先、誰かのせいにしたいと思うことがあれば、全て余のせいに致せ」 「は?」 「そなたは余のもの。そなたが苦しむほど心を動かす理由が、余以外にあるなぞ許さぬ」 なんていうか……言ってること、すっごい殿様で笑っちゃうくらいなのに……泣きそうになった。 「す……」 「ん?」 『好きだよ』と、言ってしまいそうになって、慌てて口をつぐんだ。 好き、だなんて言っちゃったら……皇が違う誰かを選ぶ時『選べずすまぬ』なんて、思われるかもしれない。 そんなふうに思われるのは、いやだ。 オレが皇のことを好きだなんて、もうバレバレなんだろうけど……。 でもハッキリ好きだって伝えなければ『別に好きじゃなかったし』って、嘘をつけるかもしれない。 そしたら皇だって、気が楽だと思うし……。 そんな嘘なら、ついてもいい。 『ありがとう』って言って、皇の胸に顔を埋めた。 本当は、キス、したかったけど、しなかった。 今キスしたら……ようやく止めた言葉が、勝手に出て行っちゃうような気がしたから。

ともだちにシェアしよう!