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オーディエンス④
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「ボクたちがご一緒しても、本当にいいんですか?」
あげはがひょいっとドアから顔を覗かせた。
その後ろにぼたんが見える。
あの日以来、小姓の二人とは全く顔を合わせていなかった。二人の顔は、何だか懐かしくさえ感じる。
「遠慮なく入って来なさい。ご宣託は、雨花様と小姓たちも一緒に、こちらで朝餉をとるようにという内容だったそうですから」
駒様が二人にそう声を掛けた。
お風呂から戻った時、さっき見つけられなかった駒様が、いつもと全く変わらない様子で、テキパキと側仕えさんたちに指示を出していた。
「雨花様、もうベールは外してくださって構いませんよ」
駒様が本丸の使用人さんたちを部屋から出して、オレのベールを取ろうとすると、皇が寸前でその手を止めた。
「何の真似ですか?」
「触るでない」
皇は小さい声でそう言うと、掴んだ駒様の手を乱暴に放した。
駒様の小さなため息が聞こえた。
「……雨花様」
「はいっ」
何でオレ?!
昨日のことを思い出して、怖くてドキドキする。
つい隣に立つ皇を見上げると視線が合って、背中に手を置かれた。あったかい手に、ドキドキが少し、おさまった気がした。
「体調がようやく整われたようですね」
「え?」
「体調不良で滞っていた夜伽も、問題なくお済ませになられたご様子」
「えっ?!」
「若様の上臈として、安心致しました。私が再び教育する必要はなさそうですね」
それって、もう夕べみたいなことはしないって……こと?
「それでよろしいですね?若様」
皇はオレの背中を軽く叩いた。
「もともと雨花に再教育など必要ない。駒、そちの昨夜の振る舞い……大老の差し金か?」
駒様は口をきゅっと結ぶと『いいえ、私の判断です。それが私の仕事ですから』と、皇に頭を下げた。
小さく息を吐いた皇が『雨花は体調を崩していただけで何の落ち度もないと報告するがいい』と、駒様に背中を向けた。
駒様は何も答えず、オレに向かって頭を下げると、オレのベールを取って『あとはこちらにお任せします』と言って、部屋から出ていった。
皇は、駒様がオレのベールを取るのを、今度は止めなかった。
っていうか……さっき皇が言ってたのって、どういうこと?駒様が夕べあんなことをしたのって、大老様の命令だったの?
どうして、大老様が……。
「雨花」
「え?」
皇がオレの腕を掴んで、ドアのほうを見ていた。
オレもそちらに視線をうつすと、あげはがドアのところで、まだもじもじしている。
「あの……」
「あ!ごめん、あげは、ぼたん。また、一緒にご飯食べてくれる?」
「雨花様っ!」
あげはがオレに向かって、真っ直ぐ走って来た。
うわっ!ヤバイ!
「だっ!」
って……あれ?
皇があげはを止めるかと思ったのに、あげははそのままオレの胸に飛び込んできた。
……あげはは、いいんだ?
ちらっと皇を見ると、眉間に皺が寄ってる。
それを見て、吹き出してしまった。
あげははまだ小さいしね。
ここは許そうって思ってくれたのかも。
ふと見ると、ぼたんはまだ入口に立っていた。
「ぼたん」
ぼたんを手招きした。
さっき皇と話して心が軽くなってから、会うのが気まずいと思っていたぼたんに、無性に会いたいと思っていた。
会って、もう一度ちゃんと、お礼を言いたかった。
ぼたんに対しては、ずっと『ごめん』って気持ちだったけど、今はそれが『ありがとう』に変わってる。
「たくさん、心配かけたよね。でももう、オレ、大丈夫だよ。本当にありがとう、ぼたん」
泣きそうになりながら、オレの前まで来たぼたんを、もう一度『ありがとう』と言って、強く抱きしめた。
その時オレはようやく、自分のことを許せた気がした。
「雨花様!ボクだって心配したんですよ!すごーく!」
「あははっ。うん、そうだよね。ごめん、ありがとう、あげは」
「はい!」
そのあと、ダイニングに移動して、あげはの絶え間無いおしゃべりを聞きながら朝ご飯を食べた。
皇、あげはのこと、うるさいって思うかなって心配したけど、たまに相槌を打ちながら、あげはの話を普通に聞いている。
……意外。
「ん?」
つい隣の皇をじっと見ると、ふいっと顔が近付いて、唇が重なった。
「っ?!」
オレが驚くのと同時に『えっ?!』と声を上げたあげはを咄嗟に見ると、いちいさんに目を塞がれていた。
「え?何ですか?何があったんですか?!」
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