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オーディエンス⑤

「ちょっ、何なんだよ!もうっ」 皇から椅子を離すと、皇は、椅子ごとオレを引き寄せた。 「ちょおおおっ!」 「そなたが望んだからだ」 「そんなわけあるか!」 こんなギャラリーさんたちのたくさんいる前で、キッ、キスして欲しいとかっ!言うわけないだろうが! 「何があったんですかぁ?!」 いちいさんはほんわか笑いながら、あげはの目を解放した。 「あげはは、まだ知らずとも良いことです」 「あー!わかった!わかりましたよ、ボク!若様と雨花様がチュウしたんですね?」 「ふおっ!」 あげはぁっ! 「一位様!ボクだって春には中学生なんですよ?そんなに子供じゃありません!」 あげはがぷうっと頬を膨らませた。 その間にも、オレが皇から椅子を離すと、皇が引き寄せるっていう攻防戦が続いていて……。 やつみさんが、そんなオレたちを見て吹き出したのを、ここのいさんが注意した。 「申し訳ございません。あまりに……あの、微笑ましかったもので、つい」 やつみさんが明らかに笑いを噛み殺しながら、そう言ってオレに頭を下げた。 「八位の言う通りです。本当に、微笑ましく……」 今度はいちいさんが、感動して泣きそうになっている。 「いちいさん……」 オレがもらい泣きしそうになると、隣の皇が『そちたち、雨花が心配をかけたな』と、少し大きな声でそう言った。 確かにオレ、側仕えさんたちに、すごく心配かけたと思う。 ……だけど、側仕えさんたちに心配をかけたのは、誰のせいだと思ってんだ!誰のせいだと! 「若様……」 「雨花も、何よりそちたちを心配しておったようだ。これからも、雨花を頼む」 「若様っ!」 "若様"の一言で、部屋中に感動が吹き荒れているのが、見えるようだ。 鎧鏡一族が束ねるこの一門の中で、絶対的存在の皇から『頼む』なんて言われたら、そりゃあ感動することなんだろう。 『雨花を頼む』とかさ……。 皇が、またオレのために頭を下げてくれたんだと思うと……オレも、めちゃくちゃ、嬉しい。 いや、実際頭は下げてなかったけど……気持ちは、そういうことだよね。   朝ご飯が済むといちいさんが『若様、お館様は三の丸でお待ちだそうです』と、皇に頭を下げた。 「今日も仕事?」 「ああ」 土曜日なのに……。皇、お休みってあるのかな? オレ、皇の日常生活、全然わかってないかも。 鎧鏡の仕事って言っても、何をしてるのかも知らないし。 駒様はもちろんだけど、ふっきーだって、知ってるみたいなのに。 「あ!三の丸に行くなら、オレも、一緒に行っていい?」 「ん?」 「あの……久しぶりに、シロの散歩に行こうかなって……」 シロの散歩は、口実なんだけど……。 「シロの散歩はどうしてもさせなくてはならぬものではあるまい?体は平気なのか?辛いのではないか?」 皇が腰に手を回した。 「だっ!大丈夫だよ」 確かにこの前と同じように、お尻の違和感は半端ないけど……痛いわけじゃないし、歩けないわけじゃない。 「御台様にもお礼を言いたいし」 それも、ただの口実で……。 「……」 「それに、体もなまっちゃってる気がするから、ちょっと、外に出てみようかなって……」 どんどん苦しい言い訳になっていく気がする。 だって……本当のことは、恥ずかしくて言えないし。 皇をチラッと見上げると、また鼻で笑われた。 何、その笑い!もしかして……まだ一緒にいたいから三の丸に行くとか言い出したの、バレバレ? 「あ、別に……やっぱり、いい。三の丸まで、車で行くよね。オレ、あとで散歩するから……」 恥ずかしさに耐え切れなくなって、引いてしまった。 「参れ」 「え?」 「共に参れ。帰りは送ってやれぬが、良いか?」 「……ん」 皇がオレの頭を撫でて、頷いた。 う……心臓が、きゅうんって、いった。 帰りの心配とか……どんだけだよ!皇のバカ。 ああ、どうしよう。 また皇が……ものすごく、カッコ良く見えちゃって、バクバクしてきた。 「シロはどこにおる?」 「多分、庭のお気に入りの場所で寝てると思う」 夕べ、シロは部屋に戻って来なかった。 でももしかして戻って来てて、カリカリしてたのに、オレが気付いてあげられなかっただけだったりして……。 「どうした?」 「あ、ううん。夕べ、シロ、戻って来なかったなって思ったけど……本当は戻って来てたのに、オレが気付いてあげられなかったのかもしれないって思って……」 「余はシロに気付く余裕などなかった。そなたにもそのような余裕を与えたつもりはない。気付かずとも当然だ」 そう言って皇が口端を上げた。 「なっ!」 ……んつうことを言ってるんだ!お前はぁ! いや、何をどうして余裕がなかったか、とか、はっきり言ったわけじゃないけど! ワタワタしながら周りにいる側仕えさんたちを見ると、明らかに空気がおかしなことに……。 え?わかってる?皇の言ったことの意味、わかっちゃってるんですか?恥ずぅっ! 「皇っ!急がないと!」 オレは皇の手を掴んで、部屋を飛び出した。

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