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オーディエンス⑦
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「青葉!」
「あ!おはようございます!」
三の丸の庭に入ってすぐ、母様が立っていた。
「梓の一位から、青葉がこちらに向かったと連絡をもらって待っていたんだ」
何だか母様は嬉しそうだ。
オレ、すごく心配をかけたのに……。
「口の中は、綺麗に治った?」
母様は、皇をチラリと見てそう言った。
口の中?
「口の中、どうしたの?」
皇を見上げると、小さくため息をついて、いやーな感じで、ぼそりと呟いた。
「歯が折れたのだ」
「えっ?!」
歯が折れた?え?どうして?
オレが驚いていると、母様が『私が殴り飛ばしてね』と、腕を組んだ。
「えっ?!何で……」
「千代は私に殴られたそうにしていたし、私は千代を殴り飛ばしたかった。ちょうど互いの望みが一致したもんでね。歯が折れるとか、千代は殴られるのが下手なんだよなぁ」
母様は『王羽 は上手いんだけどね』と、にっこり笑った。
母様が皇を殴ったのって……オレが原因?
心配になって皇を見ると『案ずるな』と、オレの背中に手を当てて、母様に『ご心配をお掛けしました』と、頭を下げた。
母様は『もう大丈夫なんだね?』と、オレを見たので『はい』と、頷いた。
やっぱり母様、オレのことで、皇を殴ったんだ。
だけど二人は、喧嘩をしているという雰囲気じゃない。
母様は『ほんっとバカ息子』と言って、皇の腕をパンパンっと叩いた。
もしかして、家臣さんたちが母様のことを怖いって言うのって、こういう意味で、なのかも。
「千代は早くお行きなさい。王羽が待ってるよ。私は青葉と散歩をするから。じゃあね」
母様は皇なんか見えてないみたいに、皇とオレの間に割り込んで、オレの背中に手を当てた。
母様越しに見えた皇は、ものすごい顔をしかめている。
「ぷはっ!」
母様が吹き出したオレを見て『ん?』と笑いながら、オレの背中を押して歩き始めた。
「雨花」
母様の後ろから伸びてきた皇の手が、オレの腕を引いた。母様から奪い返すように、オレをぎゅうっと抱きしめると『行って参る』と言って、オレの顔を覗き込んだ。
「何?」
「余は参るぞ」
「え?うん。いってらっしゃい」
小さく頷いた皇は、足早に三の丸に入って行った。
っていうか……何なの?あいつ!母様と一緒に残されるオレの身にもなれ!ものすんごい、恥ずかしいだろうがぁ!
「うわぁ、何?ああいうこと出来るんだね、あの子。うわぁ、何か……息子のああいう姿を見るのって、恥ずかしいね」
隣に立つ母様は、見るからに顔を赤くして照れている。
「え?」
「あ、青葉がどうのじゃないんだよ?息子がデレデレしてるところを見るのって……何か、恥ずかしいもんなんだね」
オレより照れている母様を見ていたら、オレの恥ずかしさが吹っ飛んでいった。
「体調ももう大丈夫?」
母様がシロのリードを持ってくれて、三の丸の遊歩道を、並んでゆっくり歩いた。
今日、母様はお休みなんだそうだ。
お休みって言っても、三の丸の病院施設に誰かが運ばれたら、お仕事をするんだろうけど。
「はい。大丈夫です。あの……母様」
「ん?」
「あの……色々と……ごめんなさい!」
頭を下げると、母様がオレの下げた頭をポンポンっと撫でた。
「謝るのは青葉じゃないよ。あの子のこと……許してくれたの?」
「許したっていうか……もともと怒ってたわけじゃなかったっていうか……」
とにかく、怖かったんだ。
「あの子、青葉のことを傷付けたんだよね?」
「あ、まああの時は、傷付きました。でも、オレを傷付けるつもりであんなことしたわけじゃなかったって、わかって……あの!だから母様も、皇のこと、もう怒らないであげてください」
下げた頭を上げる前に『ありがとう青葉』と、母様にぎゅうっと抱きしめられた。
「心配かけて……ごめんなさい」
母様は、きっとすごく心配しただろう。
「親って、大袈裟に心配するもんなんだよ。好きで心配してるんだから、させておいて。ね?」
「母様……」
母様はオレを抱きしめる腕を緩めて、オレの顔を覗き込んだ。こんな仕草が、血は繋がってなくても皇とそっくりだ。
「傷付けるつもりがなかったなんて、あの子が言ったの?」
「あ、はい」
傷付けるつもりがなかった、とは言われてないけど、オレを傷付けるのが目的で、あんなことをしたんじゃないのは、わかってる。
先輩にオレが肌を許したと勘違いして怒って……あんなこと、したって……。
って……そんな理由を、さすがに母様には話せない。
でも……。
「母様」
「ん?」
「皇……オレのこと、大事にしてくれてます」
これだけは、母様に伝えたかった。
母様は皇に、オレを大事に出来ないなら、実家に返すべきだって、言ってくれたんだから。
「そっか」
母様の目が、潤んでいった。
「母様?」
「あ、ごめん!嬉しくて……。千代は青葉のこと、傷付けてばっかりだと思ってた」
「そんなことないです!オレがいっつも、勝手に傷付いてただけで……皇はオレのこと、すごく、大事に、してくれてます」
「そっかぁ」
『傷付けるつもりがなかったなんて、そんな言い訳じみたこと、あの子が言うくらいだもんね』と、母様が笑った。
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