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オーディエンス⑦

✳✳✳✳✳✳✳ 「青葉!」 「あ!おはようございます!」 三の丸の庭に入ってすぐ、母様が立っていた。 「梓の一位から、青葉がこちらに向かったと連絡をもらって待っていたんだ」 何だか母様は嬉しそうだ。 オレ、すごく心配をかけたのに……。 「口の中は、綺麗に治った?」 母様は、皇をチラリと見てそう言った。 口の中? 「口の中、どうしたの?」 皇を見上げると、小さくため息をついて、いやーな感じで、ぼそりと呟いた。 「歯が折れたのだ」 「えっ?!」 歯が折れた?え?どうして? オレが驚いていると、母様が『私が殴り飛ばしてね』と、腕を組んだ。 「えっ?!何で……」 「千代は私に殴られたそうにしていたし、私は千代を殴り飛ばしたかった。ちょうど互いの望みが一致したもんでね。歯が折れるとか、千代は殴られるのが下手なんだよなぁ」 母様は『王羽(わこう)は上手いんだけどね』と、にっこり笑った。 母様が皇を殴ったのって……オレが原因? 心配になって皇を見ると『案ずるな』と、オレの背中に手を当てて、母様に『ご心配をお掛けしました』と、頭を下げた。 母様は『もう大丈夫なんだね?』と、オレを見たので『はい』と、頷いた。 やっぱり母様、オレのことで、皇を殴ったんだ。 だけど二人は、喧嘩をしているという雰囲気じゃない。 母様は『ほんっとバカ息子』と言って、皇の腕をパンパンっと叩いた。 もしかして、家臣さんたちが母様のことを怖いって言うのって、こういう意味で、なのかも。 「千代は早くお行きなさい。王羽が待ってるよ。私は青葉と散歩をするから。じゃあね」 母様は皇なんか見えてないみたいに、皇とオレの間に割り込んで、オレの背中に手を当てた。 母様越しに見えた皇は、ものすごい顔をしかめている。 「ぷはっ!」 母様が吹き出したオレを見て『ん?』と笑いながら、オレの背中を押して歩き始めた。 「雨花」 母様の後ろから伸びてきた皇の手が、オレの腕を引いた。母様から奪い返すように、オレをぎゅうっと抱きしめると『行って参る』と言って、オレの顔を覗き込んだ。 「何?」 「余は参るぞ」 「え?うん。いってらっしゃい」 小さく頷いた皇は、足早に三の丸に入って行った。 っていうか……何なの?あいつ!母様と一緒に残されるオレの身にもなれ!ものすんごい、恥ずかしいだろうがぁ! 「うわぁ、何?ああいうこと出来るんだね、あの子。うわぁ、何か……息子のああいう姿を見るのって、恥ずかしいね」 隣に立つ母様は、見るからに顔を赤くして照れている。 「え?」 「あ、青葉がどうのじゃないんだよ?息子がデレデレしてるところを見るのって……何か、恥ずかしいもんなんだね」 オレより照れている母様を見ていたら、オレの恥ずかしさが吹っ飛んでいった。 「体調ももう大丈夫?」 母様がシロのリードを持ってくれて、三の丸の遊歩道を、並んでゆっくり歩いた。 今日、母様はお休みなんだそうだ。 お休みって言っても、三の丸の病院施設に誰かが運ばれたら、お仕事をするんだろうけど。 「はい。大丈夫です。あの……母様」 「ん?」 「あの……色々と……ごめんなさい!」 頭を下げると、母様がオレの下げた頭をポンポンっと撫でた。 「謝るのは青葉じゃないよ。あの子のこと……許してくれたの?」 「許したっていうか……もともと怒ってたわけじゃなかったっていうか……」 とにかく、怖かったんだ。 「あの子、青葉のことを傷付けたんだよね?」 「あ、まああの時は、傷付きました。でも、オレを傷付けるつもりであんなことしたわけじゃなかったって、わかって……あの!だから母様も、皇のこと、もう怒らないであげてください」 下げた頭を上げる前に『ありがとう青葉』と、母様にぎゅうっと抱きしめられた。 「心配かけて……ごめんなさい」 母様は、きっとすごく心配しただろう。 「親って、大袈裟に心配するもんなんだよ。好きで心配してるんだから、させておいて。ね?」 「母様……」 母様はオレを抱きしめる腕を緩めて、オレの顔を覗き込んだ。こんな仕草が、血は繋がってなくても皇とそっくりだ。 「傷付けるつもりがなかったなんて、あの子が言ったの?」 「あ、はい」 傷付けるつもりがなかった、とは言われてないけど、オレを傷付けるのが目的で、あんなことをしたんじゃないのは、わかってる。 先輩にオレが肌を許したと勘違いして怒って……あんなこと、したって……。 って……そんな理由を、さすがに母様には話せない。 でも……。 「母様」 「ん?」 「皇……オレのこと、大事にしてくれてます」 これだけは、母様に伝えたかった。 母様は皇に、オレを大事に出来ないなら、実家に返すべきだって、言ってくれたんだから。 「そっか」 母様の目が、潤んでいった。 「母様?」 「あ、ごめん!嬉しくて……。千代は青葉のこと、傷付けてばっかりだと思ってた」 「そんなことないです!オレがいっつも、勝手に傷付いてただけで……皇はオレのこと、すごく、大事に、してくれてます」 「そっかぁ」 『傷付けるつもりがなかったなんて、そんな言い訳じみたこと、あの子が言うくらいだもんね』と、母様が笑った。

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