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オーディエンス⑧

三の丸の遊歩道を歩いている途中で、母様に急患を知らせる連絡が入った。 「じゃあ、私はこれで行くね」 「はい!あの……母様、ありがとうございました!」 「それはこっちのセリフだよ。あの子のこと……嫌いにならないでくれて、本当にありがとう」 母様はもう一度オレを抱きしめて『気を付けて帰るんだよ』と手を振りながら、三の丸に戻って行った。 「……行こっか、シロ」 母様に伝えたいことは、伝えられたと思う。 母様が笑ってくれて、良かった。 梓の丸に戻ると、玄関にいちいさんが立っていた。 「ただいま戻りました」 シロの散歩の時は、わざわざ玄関で待ってくれていることはそうそうないのに、どうしたんだろう? 「雨花様、お体は大丈夫ですか?」 ああ、オレの体のことを心配してくれてたんだ。 「はい!全然元気です!」 「安心致しました」 いちいさんはオレと一緒に部屋まで来て、『お元気になられたようですのでこれからのスケジュールをお話させていただきます』と、珍しく手帳のような物を出して来た。 え?スケジュール? 「二月は行事がたくさんございます。体調が悪いようでしたらキャンセル致しますが、大丈夫でしょうか?」 「あ、はい。大丈夫です。え?そんなに何かありましたっけ?」 2月の一番大きなイベントは修学旅行だ。あとは期末テストと……他に何かあったっけ? 「まず10日にお詠の方様の誕生日がございまして……」 「えっ?!」 ふっきーの誕生日?! そういえば、あげはが話してたっけ。去年の三月の梅ちゃんの誕生日に、皇はゲレンデをプレゼントして、二月のふっきーの誕生日には、パソコンルームをプレゼントしたって。 「翌11日は、年中行事である雪見会が催されます。17日より雨花様の修学旅行が一週間。更に24日より期末考査がございますね。他に、新年度に向けて生徒会のお仕事が忙しくなると、お伺いしておりましたが……」 「あ!そうでした!」 そうだ。生徒会!これから新入生を迎える準備とか、生徒総会の準備が始まるんだった! うわ!寝込んでる場合じゃないじゃん! 「あの!ふっきー、じゃなくて……お詠様の誕生日って、何かするんですか?」 「もちろんでございます。お詠の方様は、派手な事はお好きではいらっしゃらないようですので、大々的なお祝いはなさらないようですが、雨花様は誕生祝いをもらっていらっしゃいますので、雨花様からも何か贈り物をするのが良いかと存じます」 「あ、そうですね。はい!」 ふっきーにプレゼントかぁ。 『すめは渡さない』なんて、あんな風に言われたあとで……ものすごい、きまずいけど。 でも、思い返せばふっきーには、ものすごく世話になってるんだよね。 転入早々、学校を案内してもらったし。 体育祭で皇ともめた時も、靴を持ってきてくれて話を聞いてくれたし。 学祭の時もごまかしてくれた。 まぁそれ全部、皇のためなのかもしれないけど。 おまけとはいえ、オレも助けてもらってることに変わりないもんね。 「お詠様にプレゼントって、どんなものがいいんでしょうか?」 「実際に何がいいか、見ていらしてはいかがでしょうか」 「えっ?!それって、出掛けてもいいってことですか?!」 いちいさんは、にっこり笑って頷いた。 「このような理由であれば、外出を許していただきやすいのではないですか?」 「え……」 「たまには息抜きも兼ねて、外出なさるのもいいかと存じます」 「いちいさん!」 「今回は私のほうから、駒様に許可を仰ぎましょう。私の依頼ということで」 「あ……ありがとうございますっ!」 いちいさん、ふさいでたオレのこと、心配してくれてるんだ。 もう全然大丈夫だけど。 ここはいちいさんの好意に甘えておこう!ここに来てから、初めての外出らしい外出だよ! 明日行けるかな?楽しみ! と、思っていたその日の夜、シロが窓辺で小さく吠えたので、すぐに外を見てみると、皇が馬を引いてそこに立っていた。 「え?どうしたの?」 「外出したいと聞いた」 「あ、うん。ふっきーの誕生日祝い、何がいいか、実際見て来てくださいって、いちいさんが……」 いちいさんに頼まれたってところを、強調してみた。皇に反対されないように。 「一位の依頼か」 ……こいつ、変なところで鋭いんだった。 妙な緊張感で手汗とか出てくるし。 別に悪いことをしようとしてるわけじゃないんだから、緊張することなんかない! でも皇、ダメって言うかな? 「来週だ」 「は?」 「来週の日曜は空いておる」 「へ?」 え?何それ。それって……。 「皇も行くの?」 「あ?余が同行しては不都合でもあるのか」 「……」 不都合なんかあるわけないじゃん、バカ! 嬉しくてつい、鼻の穴が膨らんじゃったくらいだっていうのに。

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