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独禁法②

教室に入ろうとしたところで、後ろから声を掛けられた。 「ばっつん?」 声を掛けられて振り向くと、そこに田頭が立っていた。 「あ、田頭、おはよう。ごめん、ずっと休んでて……って、何?」 田頭はオレをガン見している。 「ばっつん、何か……変わった」 「えっ?!」 反射的に隣の皇を見上げると、『ん?』というような顔をする。 「何だ?ん?ばっつん、何か変わったな」 「え?」 「何が変わったんだろうな?」 田頭が首を傾げながら、こちらに一歩踏み出したのを見たあと、オレの視界は、皇の背中でいっぱいになった。 「え?がいくん?」 田頭の困り声が耳に入って、皇の背中からひょいっと顔を出すと、田頭が複雑な顔をして立っていた。 「……」 皇は、田頭に何も言わずにこちらに振り返ると、オレの頭をポンポンと撫でて、教室に入って行った。 「……」 えっと……それは、田頭はいいって、こと? っていうか。 ちょっと、今の……ヤバイ。 皇に触られて……何かオレ、ものすごい、恥ずかしい。 「え?今の何?っつうか……何?」 「え?何って……何?」 「がいくんを見上げるばっつんが、何だかものすごく可愛ぃ……ぐはっ!」 「ばっつんがものすごく何だって?」 田頭の後ろから、音もなく忍び寄ってきたサクラが、にっこりしながら田頭の背中に、革の鞄の角を激突させたのが見えた。 「どぅぅっ!」 田頭はおかしな声を上げながら、背中を押さえて悶絶している。 え?大丈夫? 「ばっつん、おはよう。もう大丈夫なの?」 悶絶する田頭を見下ろして、サクラがにっこり笑った。 「あ、うん。おはよう。もう大丈夫」 オレより田頭がダメそうだよ?サクラ。 『そっか。良かった』と言ったサクラが、立ち上がった田頭の脇腹を地味につねったのが見えた。 ……えっと、話題を変えよう! 「あ、会計、大丈夫だった?」 「ああ、うん。本多先輩が毎日来てくれてたから大丈夫だよ。今日も多分、来てくれると思う」 「そう、なんだ。田頭が先輩に頼んでくれたの?」 本多先輩は、三年の中で主席らしいけど、この時期、生徒会の仕事なんかしてる場合じゃないんじゃないの?だって先輩、入試組だったと思うんだけど。 「ああ、先輩のほうから、困ってるんじゃないかって連絡が来たんだ」 脇腹をさすりながら、田頭が親指を立てた。 「え?」 「休んでること、先輩に話した?」 「え?オレが?……ううん」 え?何で学校に来てない先輩が、オレが休んでる事を知ってるの? ……何か、怖い。 「ふうん、そっか。まぁでも、とにかく助かったよ。今日もきっと、昼休みくらいに来てくれると思うぞ?ちょうどいいから、どこまで会計処理してくれたのか、先輩に聞いておいてよ」 「えっ?」 本多先輩に?! 「ん?」 「あ……ううん。……わかった」 めちゃくちゃ会いたくない。……でも、本多先輩と会いたくないとか言ったら、どうして会いたくないのか聞かれるよね。 全部ぶっちゃけちゃったら、皆まで先輩とおかしなことになりそうだし……。 でもどっちかっていったら、先輩のほうがオレに会いたくないんじゃないの?あんなことして……。 うう……それでも会うしかないか。 小さくため息をつくと、サクラが『大丈夫?』と、顔を覗き込んだ。 「あ、ごめん。うん、大丈夫」 心配を隠すように笑うと、サクラは田頭を教室に押しやって、オレの耳元で小さく『ばっつん?』と呼んだ。 「ん?」 サクラがまじまじとオレを見ている。 何? 「ばっつん、明らかに可愛くなった。何かあったでしょ?」 「は?」 可愛っ?!嘘っ! 「三学期早々、がいくんの顔が変形してたのって、ホントにばっつんがやったの?」 「え?」 皇の顔が変形?……ああ!母様に殴られたから?え?そんな酷かったの?いや、歯が折れたって言ってたもんね。そんな顔で皇、学校に来てたんだ? 「ふっきーとの三角関係のもつれで、ばっつんががいくんを殴ったって噂になってるよ」 「うええっ?!違うよ!皇は……」 言いかけて、あわてて口をつぐんだ。 皇は母様に殴られたんだ……とか、オレが知ってたらおかしいじゃん! 「へぇ……がいくんを殴った相手、ばっつんは知ってるんだ?」 う……すでにバレてた。 「ねえ、ばっつん。……本当に三角関係なの?」 「え?」 三角関係っていうか、正確にはえっと、梅ちゃんは違うから……五角関係? オレが口ごもったのを見て、サクラが嬉しそうに見えたのは、オレの気のせい、かな? 「それってさ、完全無欠なイケメンを取り合う、ちょいツン美少年と優等生メガネの戦いじゃん!」 「……は?」 サクラが小鼻を膨らませた。 「萌えるっっ!」 サクラが嬉しそうなのは、オレの気のせいじゃないらしい。

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