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独禁法④

皇に強く手を引かれて、よろめきながら廊下の人だかりをすり抜けた。 『うおおおお!』という、一際大きな雄叫びが、サクラの声に聞こえたのは多分……朝からのサクラの発言を思い出すと、間違いじゃないと思う。 エレベーターのボタンを皇が押した。 すぐに扉が開いて、手を引かれるままエレベーターに乗り込んだ。 扉が閉まると、さっきまでの騒ぎが嘘みたいに、静かになった。 もう手を繋いでいる必要もないのに、皇はオレの手を離そうとしない。 急に恥ずかしくなって、何か話さなくちゃと思ったら、先に皇が声を掛けてきた。 「そなた、昼飯はどうするつもりだ?」 「え?あ……教室に戻ってから食べようと思ってる」 「すぐに終わるのか?その引き継ぎは」 「え?うーん。どうだろう」 皇はオレの手を握っていないほうの手に、お弁当を持っていた。 「昼休み、間に合わなそうなら、皇は生徒会室でお弁当食べちゃっていいから」 「ああ」 皇の手に、ほんの少し力が入った。 「あのさ」 「ん?」 「……先輩のこと、怒ってないの?」 先輩がオレの代わりに会計の仕事をしていると聞いた時から、ずっと疑問に思ってた。 誰にも触らせるなとか言ったのに、先輩のこと、怒ってないの?って。 触らせるなってことは、触らせたオレには怒るけど、触った相手に対しては怒らないってこと? 先輩に襲われかけた"あの日"、皇、あんなに怒ってたけど、先輩のことを消してやる!とか、そんなことは言ってなかったし。 「あ?」 皇はオレを上から睨みおろした。 「余が冷静だとでも思うておるのか?」 「え?」 「そなたの肌に触れたのだぞ?!そなたが許すなら今すぐ消す!」 「えっ?!」 皇はお弁当を置いて、オレをぎゅうっと抱きしめた。 「そなた……実際どうされたのだ」 「え?」 「先輩に、どうされたのだ」 「どうって……」 「詳しく知りたくなかったゆえ、そなたがどうされたのか、詳細までは聞いておらぬ。だが知らぬままでは、あることないこと……そなたの身に起こったのではないかと、疑う」 皇の言っていること、何となく、わかった。 皇がオレのことを本当はどう思っているのかわからないから、オレもあることないこと勝手に想像して、勝手に、不安になる。 それと、似てる。 「……キス、された」 ずっと皇に言えずにいた、先輩にされた二度のキスと、あの日先輩にされたことを、覚えている限り、皇に話した。 話していて気付いたけど、あんまり詳しく覚えていない。 それだけショックだったのかもしれないけど……。 先輩に襲われかけたことより、そのあと皇にされたことのほうが、よっぽど鮮明に思い出せる。 あの時、すごく怖いと思っていたあの日の皇を思い出しても、今はもう、怖いとは思わなかった。 オレの話を聞いて顔をしかめた皇は、オレを責めずに、ただキスをした。 「なんか、あんまり覚えてなかった」 「それで良い」 皇が人差し指で、オレの顎を上げた。 「全て忘れろ」 皇の唇が、閉じたまぶたにそっと触れた。 「そなたの記憶の中のあの日には、余だけおれば良い」 唇に触れた、柔らかい、暖かさ。 キスと同じくらい優しく、皇にすっぽり包まれた時、エレベーターの行き先ボタンを押していなかったことに気が付いた。 どうりでいつもより長くかかると思ってた。 皇の脇から手を伸ばしてボタンを押すと『そなたは誠、手が焼ける』と、鼻で笑われた。 「今、皇の手は借りてないじゃん」 「そうか。そなた一人で生徒会室まで行くのか」 ええ?!何で今の流れで、生徒会に行くか行かないかって話になるんだよ! エレベーターのボタンの話をしてたのに……。 「……すいませんでした」 納得いかないという風に、口を尖らせながら謝ったオレに、皇はまた鼻で笑ってキスをした。 「あ!そういえば……先輩、オレが休んでるのを知ってて、田頭に会計の仕事を代わりにやろうかって、言ってきたみたいなんだ」 先輩が未だにオレのことを気にしてるようで、怖いんだけど。 「ああ。知っておる」 「え?」 何を知ってるの? その時、到着を知らせる音と共に、エレベーターの扉が開いた。 目の前の生徒会室のドアは、全開だった。 本多先輩がこちらを見て立っているのが、すぐわかった。 本多先輩を見た途端、あの日の先輩の顔が浮かんで、なにもかもがフリーズした。 「どうした?」 オレより一歩前にいた皇が、オレに手を伸ばした。 先輩に襲われそうになった時……オレはずっと、皇を呼んでた。 あの時掴めなかった、皇の手……。 あの時の記憶が甦って、皇の手を思い切り掴んだ。 「……戻るか?」 オレを胸に抱き込んだ皇が、小さな声でそう聞いた。 少し迷ったけど、オレは首を横に振った。 「……頑張る」 きっと、今しかない。 このまま先輩に会わずに戻ったら、オレ……ずっと先輩から逃げ続けると思う。 「そうか」 オレの頭に、皇の手のあったかさが残ってる。 「あの、さ、そばで……」 『見てて』と言う前に、皇が『ああ』と、頷いて笑った。

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