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はじめてのおつかい②

✳✳✳✳✳✳✳ 「雨花様!」 「ぅわっ!」 いちいさんの声で飛び起きた。 あれ?オレ、いつの間に寝てたんだ? 「若様が本丸をご出発なさったとご連絡いただきました」 「うわ、あ、はい!」 ウキウキを鎮めようと思ったのに、お正月、皇が早く迎えに来てくれた理由を考えれば考えるほど、どんどんウキウキしちゃって……。 そんなことを考えながら、いつの間にか寝ちゃってたんだ。 時計を見ると9時45分。 車でここまで15分なんてかからないのに、もう出たの? やっぱり……早く会いたい、とか、思ってくれてる?なんて、またウキウキし始めてしまった。 いかーん!顔が緩むー! 顔をパンパンしながらベッドから起き上がると、いちいさんが血相を変えて『ああっ!』と、叫んだ。 「えっ?」 何?どうしたんですか? 「七位(ななみ)!七位はいるか!」 「え?」 オレ、どうなってるの? ななみさんが急いで部屋に入って来て『あ』と、短く驚いた。 「七位、どうにかなりませんか?もう若様は本丸をご出発なされたと連絡をいただいているのです」 「私がしてもよろしいのですか?」 「え?」 してもいいのか、って……どういうこと? いちいさんが『緊急事態ですから』と言って、オレを鏡の前に座らせた。 「ぶはっ!」 これは……スーパーサイヤ人覚醒ですか?オレの髪がすごいことになっている。 「どのように寝たら、このような寝癖がつくのでしょう」 沈痛な面持ちのいちいさんを尻目に、ななみさんはそう言って、笑いを噛み殺しながらオレの髪に手を入れた。 「すいません。お願いします」 あう……これから皇と出掛けるのに何しちゃってんの、オレ! 「七位、間に合いますか?大丈夫ですか?」 「少しくらい遅れても、若様は待ってくださいますよ」 「そのように言わず、急いでください。若様は時間に厳しい方なのですから」 いちいさんの焦りがうつったみたいに、オレまで焦ってくる。 だけど、ななみさんはいつも通りクールで冷静だ。 「待たせるくらいがいいかもしれませんよ。一位様も待たされるくらいの相手のほうが、狩猟本能が出ませんか」 何つう話をしてるんですか?ななみさん。 ななみさんはそんな話をしながら、オレの髪に水を吹き付けた。 「私は待ちませんよ。遅れた時点で帰ります」 「「えっ?」」 ななみさんと一緒に声を上げてしまった。 クールなななみさんの手が止まってる。 いや、わかります。こんなおっとり癒し系で、一時間も二時間もニコニコしながら平気で人を待ちそうないちいさんが、遅れた時点で帰るとか。 「そんな話をしていないで、急いでください!七位」 オレとななみさんに同時に見つめられたからか、いちいさんは目を丸くしながら、ななみさんに強い口調でそう言った。 「そうですね。緊急事態とはいえ、この様子を若様に見られては、私は職を失うかもしれませんし」 え?どういうこと? いちいさんが『そんなことにはなりませんよ』と言いながら顔をしかめた時、さんみさんが慌てて部屋に入って来た。 「若様がご到着です!」 「ああ!七位!とにかく急いでください!」 いちいさんは玄関のほうにバタバタと消えていった。 「意外でしたね。あの一位様が、待たない宣言とは」 「ホント、ビックリしました。でもそれより、あの……ななみさん?職を失うってどういうことですか?」 珍しくクスクス笑ってるななみさんの手で、オレの逆立っていた髪はようやく落ちついた。 「本来"七位"とは、毎日お仕えするお方の髪を整えるのが主な仕事なのですが、私は”雨花様の毎日の御髪(おぐし)の手入れはしないように”と言われておりまして……ですからこれは、私がしてはいけないことなんです」 ななみさんが手の平に乗せたムースで、軽く髪をセットしてくれた。 「え?」 そうだったんだ?でも何で? ななみさんが『ですが七位としてあの髪で若様とデートに向かわせるわけにはいきませんからね』と、笑った。 デートっ?! そのあとすぐに『申し訳ございません』といういちいさんの声と共に『良い』という皇の声が、廊下から聞こえてきた。 皇が来た!と思うと、急に胸がドキドキし始めちゃって……だってこれって、初デート?!いやいや!ななみさんが変なことを言うから!男同士でデートも何も……何を自分で盛り上げちゃってんの?恥ずっ! ノック音のあと、いちいさんが『雨花様入りますよ?』と声を掛けてきた。 「あ、はい!」 ドアが開くと同時に、皇が見えた。 「あ」 ……カッコイイ。 ちょっ!余計ドキドキするじゃんか! だって何か、いつもと……違うし。 皇の私服って、カッチリした感じしか見たことなかったけど、今日はいつもよりラフな服で……でも、カッコイイ。 「口が開いておる」 ぼーっと見ていたら、口をつままれた。 見とれてたとか恥ずかし過ぎる!

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