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はじめてのおつかい③

「遅い。寝坊か?」 皇は腕を組んでオレを見下ろした。 「違うよ!すっごく早く起きてたよ!でも支度が早く終わったから、ちょっと寝ちゃって……。で、起きたら髪の毛がひどいことになっちゃったんだよ。それをななみさんに直してもらってて……」 「あ?」 皇が不機嫌な声を上げたと同時に、後ろで立っていたななみさんが一歩前に出て、皇に頭を下げた。 「緊急事態とはいえ、雨花様の御髪(おぐし)直しなど、出過ぎた真似を致しました。申し訳ございません」 え?本当に髪を直したらダメなの?でも何で皇に謝ってるの? 「ちょっ……何でななみさんが皇に謝るんですか!オレすっごく助かりました!ありがとうございます!」 「いえ、しかし……」 「だって何で駄目なんですか?」 「それは……」 口籠るななみさんを助けたくて、皇に『別にいいよね?』と聞くと、片方の眉を上げた皇が『今日のところは良い』と言って、ななみさんを下がらせた。 ……え?今日のところはって、何? 「もう出られるのか?」 「あ、うん」 とおみさんがコートを持って来てくれると、皇がそれを受け取って、オレの前で無言でコートを広げた。 えっと……これは着ろってこと、でしょうか? 黙ってコートに腕を通すと、皇はさらに、とおみさんが持っていたマフラーを受け取ってオレの首に掛けた。 「……ありがと」 「そなたは誠、世話が焼ける」 そう言って皇は、オレの首にマフラーを巻いて『行くぞ』と背中を押した。 世話が焼ける、とか言うけど……コートもマフラーも、オレが着せて欲しいとか頼んだわけじゃないじゃん。 でも『お前が勝手に世話を焼いてるんじゃん』とか言ったら、こいつのことだから『じゃあ今日は一人で買い物に出るのだな?』とか、言いかねない! だからちょっと腑に落ちないけど、そこらへんは黙っておくことにした。 だってせっかくの皇とのデー……いや、外出だし! またウキウキし始めた気持ちを鎮めるために、何度も深呼吸しながら、急いで部屋を出た。 「あ!雨花様!」 部屋を一歩出たところで、後ろからいちいさんに声を掛けられた。 いちいさん!今、オレを振り向かせないで! きっと、真っ赤になってると思うから。 「バッグをお忘れです」 「あ……」 バッグー! 三回も見直したバッグを忘れようとしていた事実にウキウキ感が一気に沈静化した。 もう!オレどんだけ浮かれちゃってるの? 振り向くと、ソファに置いてあった赤いボディバッグを、皇がひょいっと持ち上げたところだった。 「これか?」 「あ……うん」 「全く……」 顔をしかめた皇が、オレの首にバッグを掛けて『誠そなたは手が焼ける』と、セットしてもらったばかりのオレの髪を、クシャりと撫でた。 だから!お前が勝手に手を焼いてるんだってば! ……言えないけど。 「ありがと」 「良い」 皇がオレの頭をポンポンと撫でた。 ちょっと口端を上げた皇越しに、10時10分をさす時計が見えた。 約束の時間から、もう10分も過ぎていた。 「あ、ごめん」 「ん?」 「待たせて」 皇は『そなたに待たされるのは慣れた』と、ニヤリと笑った。 「え?待たせたことなんて……」 待ち合わせ自体、今日が初めてなのに。 「そなたが慣れるまで、ずっと待つと言うたであろう?」 皇はそうオレの耳元で囁いた。 「っ?!」 それって……お前のすることに少しずつでいいから慣れろって言ってた話? 待ち合わせとは全然関係ないじゃん! しかも、待つとか言ってたわりには、先輩のことがあって、オレのこと、無理矢理……したくせに。 お前、全然待ってないし。 「余の忍耐力はそなたに培われたようなものだ」 鼻で笑った皇が、オレを追い越して部屋を出た。 忍耐力が培われた? オレの目の前をスタスタ歩いていく皇の背中を見ながら、吹き出した。 お前……お前が思ってるより、全然忍耐力培われてないから。 いつものリムジンとは違う高級車が、梓の丸の玄関につけられていた。 皇が玄関から外に出ると、皇の運転手さんが車のドアを開けてくれた。 助手席に誰かが乗っているのに気付いた。 「おはよう、雨花ちゃん!」 助手席の窓が開いて、梅ちゃんが満面の笑みでこちらに手を振った。 ……え? ええっ?!

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