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はじめてのおつかい⑥

✳✳✳✳✳✳✳ 「お兄ちゃんはまだいいとして、どうしてみーちゃんまで驚くのよ!」 結局、お茶をするならお昼ご飯にしようという話になり、皇の知っているお店が近いってことで、歩いてそこまで向かうことにした。 「私が可愛いって言われたんだから、そこは喜ぶとこでしょ!」 さっきから珠姫ちゃんは、ずっと梅ちゃんに文句を言っている。 「珠姫だって自分でビックリしてたじゃないか」 梅ちゃんは笑いながら反論している。 何か梅ちゃん、珠姫ちゃんといるといつもと全然違うんだなぁ。 「だって私、可愛いとか……人からそうそう言われたことないし」 それを聞いて、皇が小さく吹き出した。 「ちょっとお兄ちゃん!今、笑ったでしょ?」 「いや」 皇は首を横に振ったけど、確実に笑ってたじゃん。 「どうせ私は可愛いとは程遠いですよ!昔っからみよしと二人でいれば、可愛いって言われるのはいっつもみよしのほう。私は”怖い”か”デカイ”か”うわぁ”のどれか」 その”うわぁ”のあとには、多分『綺麗』って言葉が入るんだと思うよ? 梅ちゃんがそこでピタッと止まって、珠姫ちゃんを見た。 「言っておくけどボクは、珠姫は可愛くないじゃんって意味で、驚いたんじゃないよ?雨花ちゃんが珠姫を可愛いなんて言うから……珠姫の可愛さはボクだけわかってればいいんだよ」 「っ?!」 今度は梅ちゃん以外の三人で、揃ってドン引きしてしまった。 梅ちゃんって……オレが最初持ってたイメージとは、本当は全然違うんだ。 学校の奴ら、まんまと騙されてるんだな、この梅ちゃんの見かけの可愛さに。 って、オレもてんで騙されてたわけだけど。 「なんでそこで珠姫まで引くんだよ」 「え……だって……みーちゃんカッコイイんだもん」 何だ?この二人のラブラブっぷりは! そこから梅ちゃんと珠姫ちゃんは、べったりくっついて歩いている。 「ねぇあの二人、あんなべったり歩いててバレないの?」 梅ちゃんを皇の奥方候補ナンバー1だと思わせておきたいんじゃなかったの? 「あの二人は小さい頃からあんな調子らしいゆえ、気にすることはない。珠姫が懐いているということも、梅が余の嫁候補として有利だと言われている理由の一つだ」 「ああ、そういうこと」 そういえば、オレもそう考えてたんだっけ。 「まさか余の嫁候補が、余の実の妹と不義密通しているとは誰も考えまい」 「……」 不義密通って……。 まぁ、鎧鏡を知ってる人ならそう考えるのが普通だよね。 思い出したら学祭の時だってあの二人、結構べったりしてたのに、オレも全くそんな仲だなんて疑ってなかったもん。 「あそこだ」 皇が指差したのは、賑やかな大通りから一本中に入った細い道沿いにある、見るからに高級そうな店構えの料亭だった。 一体昼から何を食べるつもりなの? 「気に入らぬか?」 「お前どんな食生活してんの?」 「ん?」 いや、よくよく考えたら、梓の丸での食事も、料亭の会席料理なみだった。オレも皇のことを言えない贅沢な食生活をさせてもらってたんだっけ。 「ここで良いか?」 「いいよー!」 前にいた珠姫ちゃんが、オレより先に返事をした。   「まぁ!鎧鏡の坊ちゃま!いらっしゃいませ!」 店の女将さんらしき人が出て来て、こちらに座礼した。 坊ちゃま?! 「空いてますか?」 「はい、もちろん。いつでも奥座敷は鎧鏡様のために空けておりますよ」 そう言って、皇が脱いだモッズコートを女将さんが受け取った。 「四人でお願いします。急に来たので料理は適当で構いません」 うわぁ、皇が普通に話してるー! 学校での話し方も、いつもの殿様口調とは違うけど、女将さんへの話し方は、それともまた違ってて、何かすごい違和感が! 「かしこまりました。まぁまぁ今日は綺麗どころを三人もお連れになって」 綺麗どころが三人って……。 ふふっと笑った女将さんのあとに付いて、オレたちは廊下を奥まで進んだ。 街中にいたのが嘘みたいに静かだ。 廊下から見える中庭は、小さな池を中心とした日本風の庭園で、真ん中に植えられている大きな松の木が龍のように波打って、池の上に枝を張っている。 すごく手入れが行き届いてる。綺麗な庭園だなぁ。 「庭が気になるか?ここの庭はお館様の設計だ」 「えっ?!」 「お館様は趣味が高じて、造園会社を設立なさった。この店は、その会社の一番最初のお客様だそうだ」 「へぇ、そうだったんだ」 何か……初めて皇に鎧鏡の仕事のことを話してもらった気がする。 何かすごい、喜んじゃうじゃん。 「プレゼント何にするか決まった?」 奥座敷に案内されてしばらくすると、続々と料理が運ばれてきた。 珠姫ちゃんは小さな器に入っているイクラを箸でつまみながら、オレにそう聞いてきた。 「うーん……どうしよう。ふっきー、何でも持ってるだろうし」 「たくさんあっても困らない物ならいいんじゃない?」 「そっか!……って、それって何?」 梅ちゃんが閃いたように指を弾いて『猫用品は?』と、人差し指を立てた。

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