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はじめてのおつかい⑧

そのあと、ペットショップはすぐに見つかって、キャットタワーと猫用の首輪と、おやつにおもちゃをわんさか買った。 「さ!じゃあ水族館に向かおう!」 珠姫ちゃんはめちゃくちゃ張り切っている。 車を回してもらって、一番近くにある水族館に向かった。 「何で水族館?」 梅ちゃんがそう聞くと、珠姫ちゃんは『暗いからジロジロ見られないでしょ?』と、ニッコリした。 確かに街中ではずっとジロジロ見られてたもんね。 車で20分もしないうちに、水族館に到着した。 梅ちゃんが四人分のチケットを買ってきて渡してくれた。 こういうこと、皇って出来なそう。 皇をじっと見つめると『何だ?』と鼻をつままれた。 「皇、チケットの買い方とか知らないんだろうなぁって思って」 「あ?知らずとも困ることはない」 「……でしょうね」 こういう一般的なことなら、オレのほうがよく知ってると思うんだけど、そんなことほど皇は、出来なくても困らない。 オレが皇の役に立てることなんて、あるのかな……。 「行こう!」 珠姫ちゃんが梅ちゃんを引っ張って、中に入って行った。 水族館は入口すぐから暗くなっている。 オレは入ってそうそう、何かに躓いてバランスを崩した。 「うわっ!」 すぐ隣にいた皇の腕を咄嗟に掴むと『大丈夫か?』と呆れ声が聞こえてきた。 まだ暗闇に目が慣れてなくて、皇の顔があんまり見えなかったけど、呆れ顔まで見なくて済んで良かったかも。 「ごめん」 皇の腕から手を離すと、皇が『そなたは護身術より注意力を身につけるのが先だ』と言って、ふっと笑った。 う……ですよね。 役に立つどころか、助けられてばっかり……。 落ち込みながら梅ちゃんたちの進んだほうに歩き出すと、急にオレの手を掴んだ皇に『こっちだ』と、梅ちゃんたちとは別方向に引っ張られた。 「え?ちょっ……梅ちゃんたち、あっちだよ?」 「わかっておる」 「え?」 皇に手を引かれるまま、暗い通路を進んで行った。 暗いとはいえ、周りに人がいるのに……そう思っていると、深海魚が泳ぐ水槽の前で皇が足を止めた。 ここは他の水槽前より、さらに暗くなっている。 「皇?」 「……」 何も言わずオレをぎゅうっと抱きしめた皇が、小さい音をたてて……キスをした。 「ちょっ……見られる!」 「そなたの顔が見えるのは余だけだ」 この暗さなら、そう、かも。 オレの頬に置かれた皇の手に、自分の手を重ねた。 胸が、キシキシいってる。 皇が金曜日に来なかったから……オレは、ずっと心配で……。 見られる、なんて、皇を止めるようなことを言ったけど……本当は金曜の夜からずっと、こんな風にされて……安心、したかった。 もう一度キスをした皇は、オレを強く抱きしめると、オレの髪を指でつまんだ。 「そなたのところの七位は……今日そなたの髪に、最初に触れた」 「え……」 そう言ったあと、皇は小さくため息をついた。 「何?」 「いや。……己の心の狭さに辟易しただけだ」 「え?」 「何故そなたは去年の展示会にいたのであろう」 どういうこと? 「そなたとおると、忍耐力ばかりが培われてゆく思いだ」 「何で……」 オレ、お前に何か我慢させたことあった? 「いや、そなたのせいでは……いや、やはりそなたのせいだ」 「何だよ、それ」 「余にもようわからぬ」 暗闇に慣れた視界に、皇の苦しげな表情がはっきり映った。 さっきとは違う胸の痛みに襲われて、オレまで苦しくなってくる。 オレがお前に、そんな顔をさせてるの? たまに皇は、泣きそうな顔でオレを見る。 そんな顔をされると、オレは不安でいっぱいになるんだ。 「そなたは……うつけだ」 皇がゆっくりとした動作で、もう一度オレにキスをした。 「うつけで、鈍い。注意力もない。この余の手を煩わせる。そなたは動かず、いつも余を動かし、自分の身も守れぬくせに人を惑わす。余に口ごたえばかりして、言いつけも守らず、憎まれ口ばかりたたいて……余を、乱す」 並べられた言葉は全部悪口なのに……皇のオレを見る目も口調も優しくて……何も言い返せない。 オレの頬を撫でた皇は、苦しげにオレを見て『だのに』と、小さく呟いた。 「何故余は……そなたを……求めるのだろう」 ぐわっと上がった体温が、涙腺を一気に刺激した。

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