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はじめてのおつかい⑨

皇が呟いた"疑問"が、オレの胸をぎゅっと掴んで……泣いてしまいそうだった。 皇が、オレを求めてる、なんて……。 だけど『違う!期待するな!』と、どこかでオレが言ってる。 泣いてしまいそうになるくらい、すごく、すごく……嬉しいのに、その言葉は、オレだけがもらっているものじゃない。皇が求めているのは、オレ一人だけじゃない。 オレは誰かにこんな風にされるのが、生まれて初めてで……だからすぐ『皇ってオレが好きなのかも』なんて、思っちゃうんだ。 だけどそう思うたび、オレの頭の中には、ふっきーとキスをしていた皇の背中とか、『お慕いしています』と言った、駒様の顔が頭に浮かぶ。 皇には他にも嫁候補がいて、オレだけがこんな風にされてるんじゃないって、忘れたら、駄目だよ。 「……」 それからしばらく、後ろからオレを抱きしめる皇の腕の中で、深海魚を眺めていた。 皇はあんな疑問を呟いたあと、腕の中にいるオレの頭に顎を乗せたまま、動こうとしない。 深海魚の水槽の中で、大きなカニの長い足の間を、自分の存在を主張するように体を光らせた小さな魚が行ったり来たりしているのを、ただ眺めていた。 「あの光っている小さいのは、そなたに似ておるな」 「え?」 「どうしても……目がいく」 それって、どういう意味だろう。 「お前はあの大きいカニ?」 ゆったりと動く大きなカニは、光ってなんかいなくたって、つい目がいく。 あんなに体を光らせて、一生懸命自己主張してる小さい魚と、それを全然気にもしていない大きなカニは、オレと皇みたいだ。 皇は『カニ?』と、ふっと笑って、コツンっとオレの頭に、自分の頭をぶつけた。 「痛っ」 「そなたがあの魚なら……余は水でありたい」 「え?」 ……水?どういう、意味? 「そろそろ二人を探すか」 「……うん」 オレが魚なら、皇は水に? 魚には水が絶対必要だけど、水に魚は……必要、ないじゃん。 「えぇぇっ?!もう帰るの?」 水族館の中を少し探すと、二人はすぐに見つかった。 暗くてもあれだけ特徴的な二人だし。 「お前の門限は6時であろう?」 「お兄ちゃんとみーちゃんが一緒なら、遅くなっても大丈夫だもん!」 「ならぬ」 「ええ?!雨花ちゃんだって、もっとお兄ちゃんと一緒にいたいでしょ?ね?」 「え……」 そりゃ、まだ一緒にいたいし、帰るの早いなって思ったけど。 皇、多分そんなに休みとかないんだろうし、早く帰ってゆっくり出来るなら、そうしたほうがいい、よね。明日、学校だし。 「今日会えたのは予定外だったんだから、わがまま言わないよ?珠姫」 梅ちゃんが珠姫ちゃんの頭をポンっと撫でた。 梅ちゃんって、珠姫ちゃんの前だと本当にカッコいい。 「早く……みーちゃんのお嫁さんになりたい」 珠姫ちゃんが小さくぽそりと呟いたのが、オレにも聞こえてしまった。 結婚するのが決まっている梅ちゃんと珠姫ちゃんのこと、羨ましいと思ったけど、二人は会いたい時に会うことが出来ないんだ……。 「珠姫……」 梅ちゃんが珠姫ちゃんの手をギュッと握って『早くおいで』と、ブンブン上下に揺らした。 珠姫ちゃんは『うん』と、泣きそうに笑った。 珠姫ちゃんは梅ちゃんの前だと、本当に可愛い女のコだ。 「珠姫ちゃんってやっぱり、すごく可愛いね」 「えっ?!」 オレの言葉に、三人がまたドン引きした。   珠姫ちゃんを弐川田家まで送ったあと、鎧鏡の本丸が見えて来た頃には、夜の7時近くになっていた。 今日のお出かけは、あっという間だった。 思ってたのとはちょっと違ったけど……梅ちゃんと珠姫ちゃんとは確実に仲良くなったと思う。 すごく、楽しかった。 「梅を先に送る」 「先に梓の丸に行ったほうが、帰りが早いんじゃないですか?」 「良い」 「あぁ、そっか。邪魔者は先に降りろってことですね」 梅ちゃんは小さい声でそう言うと、ニヤリと笑った。 「えっ?!」 「本当は二人で出掛ける予定のところ、僕らがお邪魔しちゃったんでした。邪魔者は先に降りますんでごゆっくり」 梅ちゃんはまたニヤリと笑った。 どっちを先に送るにしても、そんなに距離的には変わらないと思うけど……ちょっとでも長くオレと一緒にいたいと思ってくれてるんだとしたら……嬉しい。 樺の丸でニヤニヤする梅ちゃんを降ろして、梓の丸に向かった。 「おかえりなさいませ」 梓の丸の玄関で、側仕えさんたちが出迎えてくれた。 「ただいま帰りました」 「もう夕餉の準備が整っております」 頭を下げたいちいさんに、皇が『ああ』と返事をして、脱いだコートをとおみさんに渡した。 ……え?何してんの?

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