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はじめてのおつかい⑩

「ちょっと待った!」 「ん?」 当然のように屋敷に入っていく皇を呼び止めた。 「何してんの?」 「あ?」 「本丸に戻らないの?」 お前がコートを脱いだ時点で、何となく本丸に戻らないのかな?って気はしてたけど! お前の夕飯まで用意されてるって、いつの間にそんな話になってたの?明日は学校があるから、早く本丸に帰りたいんじゃ……。 皇はスタスタ歩いて、オレの部屋に入った。 「明日は学校があるゆえ、そなたの用が済み次第、本丸に戻るつもりでおったが……朝のそなたを見て気が変わった」 「朝の?」 え?遅刻したから? 「今日……そなたに最後に触れるのは、余だ」 振り向いた皇の指が、オレの髪を梳いた。 「っ?!」 ななみさんに朝、髪を直してもらったことを、言ってるの? 何にも言わず、ただオレの髪を見ていた皇が、大きく息を吐いてソファにドサッと座り込んだ。 「己の心の狭さが許せぬと思うたが……もう良い。余は心が狭い。側仕えの仕事とわかっておっても、極力そなたに触れさせたくない」 皇に手を引かれて、隣に座らされた。 ななみさんがオレの髪を直しちゃいけないのって……皇がオレを、触らせたくないから、なの? 心臓はきゅうって縮むのに、心はこんがらがっていく。 そんな風に言われたら、普通はすっごく嬉しいはずだけど……いや、すっごく嬉しいけど。 でも同時に、イライラして……どっちかっていったら……イライラのほうが、どんどん大きくなっていく。 どうしたいのか、わかんないよ。 皇はどうしたいんだよ? オレでいいの?オレが、いいの? どれだけ嬉しい言葉を言われても、どうしても、素直に喜べない。 だってお前には、嫁候補が他にもいる。 オレだけじゃないくせに……って、ずっと心の中で、そうやって皇に悪態をついてるんだ。 オレだけにそんな風に言うわけじゃないんだろ? お前はそうやって、オレを独り占めしようとするのに、オレには……させてくれない。 それでも"若様"に独占したいとか言われてるのに、何が不満なんだって、他の家臣さんなら言うかもしれない。 "若様"に、こんなに大事にされてるのに、不満を抱くなんてありえないんだ、きっと。鎧鏡の家臣なら……。 でも……。 そうなんだろうけど。 駒様やふっきーみたいに、鎧鏡の家臣として、広い視野でーなんて頑張ろうって思ったって、オレは全然そんな風に見られない。 だって"皇"が好きなんだ。 家臣として、とか……鎧鏡家がなんて、考えられない。 皇はオレの中で"皇"で、"鎧鏡の若様"じゃないんだもん。 大事にしてくれてることは、疑ってないし……嬉しいって思う。 だけど、どれだけ嬉しい言葉を投げられても、最後はいつも疑うんだ。 欲しいって皆に言ってるなら、本当の欲しいじゃないじゃんって、思ってる。 皇の『欲しい』が、全部薄っぺらく聞こえるんだ。 オレじゃなくてもいいなら、そっちにいっちゃってよ。 オレじゃなきゃダメなら……いくらでも……あげるのに。 そんなふうに思うのは、オレが欲張りなの? そう言われたって……どうにもならない。 だってオレが欲しいのは『そなただけ』って、一言なんだ。 でも……その言葉はもらえない。 「お前にそんな風に言われたら、喜ぶべきなんだろうね」 オレ、すっごいイヤなヤツになってる。 八つ当たりっていうか、拗ねてるっていうか。 「どういう意味だ?」 「……ごめん」 皇が悪いんじゃないのに、オレの気持ちは、どんどんこじれてく。 「どう致した?」 皇は、また泣きそうな顔をしてオレを胸に抱き込んだ。 こんなに優しくされてるのに、どうしてオレは満足出来ないんだろう? お前がどんなにオレを独占したいって言ってくれても、オレだけじゃないなら全然嬉しくないんだ。 お前が悪いんじゃないって、頭ではわかってるよ。だけど……お前を責めるのを止められない。 「なんで……」 なんでオレだけじゃ駄目なの? 「ん?」 『なんで』の先を言っちゃったら、お前はなんて答えるの? 「何でもない。オレ着替えてくる。先にダイニングに行ってて」 「いや、待つ」 オレの手を取った皇が、薬指にキスをした。 「……」 掴まれた手を、少し強引に振りほどいた。 皇の指があったかいのを、知ってるのはオレだけじゃない。 なんで……オレだけじゃダメなの?なんで……。 オレだけじゃ駄目ならなんで、オレは他の候補様みたいに、なれないの?

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