168 / 584

はじめてのおつかい⑪

✳✳✳✳✳✳✳ 「うわぁ!」 気分が落ちたままダイニングに入ったのに、並べられた料理を見て、少なからずテンションが上がった。 今夜の夕食は一段と豪勢だ。昼の料亭の料理にも全然見劣りしない。今夜は皇がいるからか、ふたみさん、頑張ったんだろうな。すごい美味しそう! 「機嫌が直ったか?」 後ろに立っていた皇が、オレの背中を軽く押した。 「え?」 機嫌が直ったかって……。 顔に出したつもりはなかったのに、やっぱりオレってわかりやすいのかも。 「雨花様はまた何か落ち込んでいらしたのですか?」 いちいさんがご飯を渡してくれながら笑った。 「落ち込んでおったのか?」 「はい。雨花様は金曜日、若様のお渡りがないからと……」 「いちいさーんっ!」 それは言ったらダメなヤツー! 皇を見ると『ん?』というような顔をしたあと、オレを見て口端を上げた。 ……バレた! あの顔は、オレが落ち込んでた理由がわかった顔だ! いちいさぁん! 「そうか」 皇がすごく……優しく、笑った。 何か全部……どうでもよくなっちゃうじゃん!そんな風に笑われたらさー! 恥ずかしくて、ぶつかった皇の視線から逃れるように顔を逸らした。 「梓の二位の腕は相当だと、仲居頭(なかいがしら)が申しておったが、そなたの機嫌を直す程とはな」 「機嫌はもともと悪くない!でもふたみさんのご飯、お昼の料亭並みだろ?普通テンション上がるじゃん!美味しそうな料理を見たらさ!」 「そうか?」 「そうだよ!」 皇がふっと笑った。 そこから今日のお昼の料亭の話が始まって、ふっきーへのプレゼントを何にしたかとか、今日あったことを、側仕えさんたちに話していると、あっという間に、夕飯が終わった。 楽しい食卓って、癒し効果があるのかも。あんな落ち込んでたのに、ご飯を食べ終えた頃には、胸がほんわかあったかくなっていたから。 「お風呂はどうなさいますか?駒様にご連絡いたしましょうか?」 夕飯を終えて、部屋まで一緒に来たいちいさんが、そう皇に訊ねた。 皇、いつもは本丸でお風呂を済ませてから、渡って来てたんだよね、多分。 また皇の世話係がたくさん来るのかと思ったら、皇は『呼ばずとも良い』と、断った。 「一人でお風呂入れるの?」 「あ?そなたは余をなんだと思っておる?」 皇が顔をしかめながら、風呂場に入って行った。 なんだと思ってるって……一人じゃ日常生活送れないヤツだと思ってる。 「あ!雨花様も若様とご一緒なさっては?」 「うえっ!?なっ!なさいませんっ!」 「若様は貴重なお休みに、雨花様のお買い物にご一緒してくださったのですよ?お背中をお流ししてさしあげても良いのでは、と、思ったのですが」 そっ!そんなの!そんなの無理です!皇の背中を流すとか、高等技術過ぎる!だってオレ、皇の裸とか……ぜ、全然っ見慣れてないし!絶対無理! でも……いちいさんの言うことは、確かにそうだ。今日、皇にとって貴重なお休みだったろうに、オレの買い物に付き合ってくれたんだもんね。 「では、若様のお着替えを、あとで風呂場にお持ちいただいて良いでしょうか?」 「あ……はい!」 それくらいなら……。 「うちにも湯殿係がいれば良かったのですが……」 「え?」 「あ、いえ。では私は失礼致します」 いちいさんは『明日5時過ぎに起こしに参ります。ごゆっくりなさってください』と言って、部屋を出て行った。 「着替え……持っていかなきゃ」 いちいさんに渡された、皇の寝巻きを持ってお風呂場に向かった。 「皇!入っていい?」 風呂場のドアの前で大声を出すと、中から『ああ』と返事があった。 脱衣所に入ると、皇の脱いだ服が、綺麗にたたまれている。 皇って、服たためたんだ?そう思って、ちょっと吹き出した。 「着替え、置いてあるからね!」 白い寝巻きを置いて出て行こうとすると、風呂場の中から皇に『雨花』と、呼ばれた。 「ん?」 「早う入って参れ」 「はあっ?!」 「入って良いかと尋ねたであろう」 「え?」 何言って……あ!さっき言った『入っていい?』ってやつ?こいつまた、おかしな勘違いしてるし! 「一緒に入っていいか聞いたわけじゃないから!」 風呂場から、皇の『あぁ?』という不機嫌な声が聞こえた。 「オレ、これから課題やるし」 「ああ、休んでいた時の課題か」 「うん。……あ、あの、さ、皇?」 「ん?」 「今日、さ」 「……ああ」 「一緒に行ってくれて……ありがと」 そう言って、逃げるように脱衣所を出た。 背中を流すとか、それは無理だけど!でも、お礼はちゃんと、言っておきたかったから。 って、そのわりに言い逃げしちゃったけど!もう!何照れてんの?オレのバカ!

ともだちにシェアしよう!