169 / 584
はじめてのおつかい⑫
学校を休んでいた間の課題を、鞄から出して机に向かった。
でも、勉強どころじゃない!
ドキドキしちゃって……っていうか!半端なくドキドキしちゃってー!
休んでた間の課題を今日で全部終わらせて、明日からは普通に授業に付いていこうって思ってたのに!
明日学校だし、皇が今夜渡るとか、頭の中に全然なかった。だから買い物から帰ったら、課題を終わらせようって思ってたんだ。でもこのままじゃ終わらない。
だって……渡るって、そういう、ことになる?のかな?
もうそんなことばっかりが頭の中を占めてる。
どうしよう……。また、どうしてこんな時に限って、シロはどっかに行っちゃってるんだよ!もー!どうしよう。
だって……皇と、そういうことになるのって……三度目に、なるんだろうけど……でも一度目は、オレの心の準備とか、全然関係なかったし。二度目の時も……なんかその、そういう流れ、だったし。
だから言うなれば!今日が初めての"心の準備"な、わけで。
ちょっ、待っ、これ……転校の挨拶とか、入試とか、もう比べ物にならないくらい緊張なんですけど。
展示会に出た時も、父上が首をはねられるかもとか思って変な緊張感はあったけど……今のほうが、断然緊張してる。
……どうしよう。どんな顔してたらいいの?
さっきまで落ち込んでて、そんなこと全然考えられなかったのに、皇がお風呂に一緒に入れとか言うから、急に意識しちゃったじゃん!バカ!
ちょっと待って!お風呂?え?オレもお風呂に入っておいたほうがいいんじゃ……いやいや、何をヤル気になってんの!
うおおおお!ど、え……ホント、どうしよう。
いや別に……前みたいに、皇とそういうことをするのがイヤとか……じゃ、ないんだけど。むしろ……。
むしろーっ!?むしろ何?!何考えてんだよ、オレ!
でも……もし逆に、何も……されなかったら?
そ……それはそれで……。
そっちのほうが……イヤ、かも。
うああああっ!いや、でも!
あああああっ!……どうしよう。
ああ!課題!もう全然、課題が終わらない!
その時、風呂場のドアが開いた。
「うおっ!」
音に驚いて体が跳ねた。
ちょっと時間を置いて、ほんわかいい香りが漂ってくる。
シャンプーだかボディソープだかの香り。
ちょうどお風呂場は机の真後ろで……何故か、振り向けない。
あ!そうだ!課題!課題に集中するんだ!オレ!
「終わったのか?」
「っ?!」
すぐ後ろに、ほかほかしている人が立っているのが雰囲気でわかる。
背中からふわっと漂ったいい香りが、オレの周りの空気を一瞬で包んだ。
「え……うん。あ、ううん。ちょっと、わかんなくて……いや、でも!ふっきーのノートが……あ、コピーとってくれて……ほら、これで大概、わか、る……」
あたふたしながら、ふっきーからもらったコピーを見せようと後ろを振り返って、皇と目が合った瞬間、言葉を失った。
白い寝巻きを緩く着て、濡れた髪を拭きながら立っている皇は……サクラじゃないけど、漫画とか、どっか違う世界から抜け出てきちゃったみたいだ。
皇を見つめたまま黙り込むと、強く肩を掴まれて、椅子の背もたれに押し付けられた。
「っ?!」
唇が重なるのと同時に、頬に雫が落ちてきた。皇が泣いているのかと思ってびっくりしたけど、重なっている皇の唇の端が上がったのに気が付いて、涙じゃなくて、ただ髪を乾かしていないせいだってわかって、何かちょっと、ほっとした。
でもほっとすると同時に、ぼたぼた垂れてくる雫がめちゃくちゃ気になって、キスどころじゃない!
「つ……めたいっ!」
皇が角度を変えてキスするたび、オレの顔に雫が落ちてくる。
「気にするな」
そう言って皇はオレの頬を包むと、またキスをしてくる。
「だっ……気になるっ!」
皇の胸を押すと、手首を掴まれた。
「ちょっ……ホントに……」
「雨花」
皇が急に真面目な顔で、オレを見つめた。
な……に?
ちょっと……そんな見られると……何か……逃げたくなるじゃん。
「余を……拒むな」
「え?」
「やはり余では……ならぬか?」
「え?」
何、言ってんの?
「余のように、心の狭い人間では……ならぬか?」
「え?」
「先刻、余は心が狭いと言うてから、そなたは機嫌を崩した」
皇が、座っているオレを、上からぎゅうっと抱きしめた。
「もっと広い心で、全てを許せるようでなければならぬか?余では……駄目か?」
皇が、更に腕に力を入れた。
駄目なわけ、ないじゃん、バカ。
皇を思い切り抱きしめた。
「雨花……」
そんなお前だから……こんなに……好きになっちゃったんじゃん。
ともだちにシェアしよう!