171 / 584
はじめてのおつかい⑭
「余は……これほどまでに、腑抜けだったか」
オレの胸に顔を埋めたまま、皇はオレの背中に腕を回した。
「そなたがどう思うておるのか……そればかり、気になる」
小さくため息をついて、皇はふいに顔を上げた。
「そなたは余を恐れず、家の名に縛られてもおらぬ。……余が気に食わねば、苦もなく余から離れてゆくであろう?」
そこでふっと目を伏せて、皇はオレの指に、指を絡めた。
「そなたはもとから男色ではあるまい。余がこのように触れることに……嫌悪しておるのではないか?」
皇の指が、離れていった。
一番最初に触られた時は……本当にイヤだと思った。怖かったし。男と、そういうことをするとか……オレの人生において、そんなことが起こるなんて、それまで一ミリだって考えてなかった。
あの頃はあんなに……イヤがってたのに。
いつからオレ、変わったんだろう?
鎧鏡家では、男同士の婚姻が当然だとしても、それは一般的には受け入れられないことだっていう考えは、今も変わってない。
なのに……オレはいつ、常識的でありたいなんて思っていた自分を飛び越えて、皇の一番近くにいたいなんて、思うようになったんだろう。
お前が言う"嫌悪感"なんて、少しもない。
離れていった指を、オレのほうから繋ぎたい。
こんなに切実に想っているのに、皇はどうしてわかんないんだよ。
何の返事もしないオレを、皇は上体を起こして見下ろした。
『駄目か?』っていう、皇の苦しげな問いに、返事をしないといけないって思うのに、どう言ったらいいのか……わからない。
心の中そのままを、素直に言葉にしたらいいだけなんだろうけど……。
でも……皇を前にすると、素直な言葉が、出ていかない。
「お前……鎧鏡の若様なんだし……わざわざそんなことオレに聞かなくたって……」
好きにしてくれたら、いいのに。
イヤがってないのなんか、わかりきってるはずだろ?
「そなたの許しが欲しいのだ!」
今まで囁くようだったのに、急に大きな声を出されて、ビクリと体が跳ねた。
「……すまぬ」
皇はオレをあやすように、頭を何度か撫でた。
「いちいち……許されたい。そなたも同じように、余を求めているのだと……思いたい。御台殿に、大事に出来ぬなら柴牧家殿にお返ししろと言われてから……そなたはいつでも実家に戻れるのだと、気が気でない」
もしかしたら、お正月に予定より早く迎えに来てくれたのも、そのせい?
実家に帰りたくなったら、チョコプレートを捨てろって、そうしなきゃ実家には返さないって、言ってくれたのはお前じゃん。捨ててないんだから察しろよとか、思うけど……。
オレだって、こんなに大事にされてるのに、言葉にしてくれない皇の気持ちを、いつも不安に思ってる。
態度だけじゃ不安で、言葉が欲しいって思うのは、オレも同じだから、わかるけど……。
他の候補様たちにも、そんなことを言ってるんでしょ?
そう思うと……不安をオレに曝け出してくれている皇に、優しく囁いてあげることが出来ない。
「オレ……プレート捨ててないじゃん!だから……」
オレには、こんな風に伝えるのが精一杯だ。
「駄目じゃないって、ことじゃん」
駄目じゃないって……して欲しいって言ったも同然なんじゃないの?!
どうしよう……めちゃくちゃ恥ずかしい。
顔を手で隠すと、皇に手首を掴まれた。
「そんなことは、わかっておる」
そう言って、皇はゆっくり、唇を合わせた。
わかってるって何だよ!せっかく勇気を振り絞って言ったのに!
睨み付けると、皇の眉が下がった。
「わかっておっても、恐ろしい」
離れた唇は、すぐに触れそうなくらい近くにあって……。
「そなたが欲しいと思えば思うほど……そなたが恐ろしくて、堪らない」
そう小さく囁いた皇の唇が、離れていった。
オレが怖い?なんで?わかんないよ。
だけど、このまま素直になれなきゃ、今この瞬間、腕の中にいる皇が離れていっちゃう気がした。
それはイヤだ!
離れていく皇の頬に、指を伸ばした。
ともだちにシェアしよう!