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賽は投げられた③
梓の丸とは全然違う純和風な内装の松の丸のお屋敷を、奥へ奥へと案内された。
暖かみを感じる無垢の木の長い廊下を、松の一位さんのあとについて行くと、廊下の先に金色の襖が見えた。
松の一位さんは襖の前で立ち止まり『お待ちくださいませ』とオレに一礼すると、襖の中に向かって『雨花様がおみえです』と声をかけた。
『お通しなさい』というふっきーの声が聞こえて、松の一位さんが襖を開けてくれた。
その瞬間、オレの目に入ってきたのはふっきーではなく……悪代官のようなポーズで座る、皇だった。
「え?」
あ、つい驚いちゃった。
もう皇、来てたんだ……。
「何を驚いておる?」
驚くに決まってる。
せっかくここでお前に会わないようにって、急いで来たのに、もういるなんて……。
制服姿の皇は、広い和室の一段高くなっている高座で、脇息 と呼ばれる小さな椅子みたいなものに肘をついてこちらを見ていた。テレビの時代劇に出てくる悪代官のポーズそっくりだ。
高座のすぐ下で、正座をしている着物姿のふっきーがこちらに笑いかけていた。
やっぱりこんな二人を見ると……モヤっとする。
でも今日は、鎧鏡の奥方候補として、正式にふっきーにお祝いを持って来たんだから、モヤモヤさせてる場合じゃない。
鎧鏡の奥方候補らしい振る舞いをしないと!オレのせいでうちの側仕えさんたちに恥をかかせるのは、もう絶対に嫌だ。
オレは部屋の前で正座して頭を下げた。
「若様がいらっしゃるとは存じ上げず、大変失礼致しました。お詠の方様に、誕生日のお祝いを申し上げたく参じました。お時間いただいてもよろしいでしょうか」
って……こんなんでいいですか?
後ろにいるいちいさんに、これでいいか確認したくて、ものすごい振り向きたい衝動にかられてるけど、でも我慢だ!
ぐっと下唇を噛んだ。
「ほう……雨花もやればそのようなことが出来るのだな」
一番遠くにいる皇のそんな声が、オレの耳にも届いた。
はぁ?!
つい頭を上げてしまいそうになったところで、ふっきーがオレに声を掛けた。
「雨花様、わざわざありがとうございます。どうぞ中へお入りください」
「あ、はい」
敷居を跨いで部屋の中に入った。
最後方にいたとおみさんが部屋に入って襖を閉めた。
それを確認してから、オレは被っていたベールを脱いだ。
奥方候補がいる部屋には、基本側仕えさんたちしか入ることを許されない。
候補同士が部屋で一緒になった場合、ベールで顔を隠し続けていることのほうが失礼に当たると、駒様から教えられていた。
そういえばこの曲輪の中で、こんな風に別の候補様と同じ部屋で過ごすことなんて、今まで一度もなかったっけ。あ、駒様と二人ってのはあったけど、その時の駒様は上臈としての駒様だ。
部屋の中には、皇と、ふっきーと、松の丸の側仕えさんたちが脇に何人か座っていた。前方にはすでに、山のようにプレゼントが積まれている。
誕生日プレゼントの数で、家臣さんたちの候補への期待度がわかるって、誰かが言ってたっけ。
オレがもらったプレゼントより、断然数が多いのは一目瞭然だった。
「お詠の方様、本日はお誕生日、誠におめでとうございます。心ばかりですが、祝いの品を持って参りました。ご笑納頂ければと存じます」
そう言って、下げていた頭を上げると、皇と目が合ってしまった。
急いで視線を外してふっきーを見ると『ありがとうございます』と、オレにニッコリ笑いかけてくれた。
ふっきーは、学校で見るのとこの曲輪で見るのとじゃ、だいぶ印象が違う。
学校のふっきーはそこまで目立ってカッコイイキャラじゃないけど、目の前にいるふっきーは、カッコイイなって素直に思う。
ふっきーって和装がすごく似合うと思うんだよね。
納涼祭の時の袴姿も、すごく綺麗だったし。
オレがぼーっとしていると、すぐ後ろで『どちらに置きましょうか?』と、いちいさんが松の一位さんに声を掛けた。
「はい。こちらで受け取らせていただきます。よろしいでしょうか?詠様」
「ああ。すぐに僕の部屋に運んでくれ。雨花様からの頂き物を、間違っても他の品と一緒にしないように」
「はい。承知致しました」
うわあっ!ふっきーも側仕えさんたちにあんな感じで話すんだ?
松の側仕えさんたちは、うちの側仕えさんたちから品物を受け取って、部屋を出て行った。
「あの、ではこれで失礼致します」
皇が来てるのに長居はしていられない。早々に戻ろうと頭を下げた。
本当は猫も見たかったけど……また今度にしよう。邪魔!とか思われたら、絶対嫌だし。
その時、ヒュッと目の前を黒い影が横切った。
「うわあっ!」
「雨花っ!」
驚いて大きな声を出すと、高座から駆け下りて来た皇が、オレを抱き寄せた。
黒い塊が、オレの脇に置いてあった白いベールの中でグルグル回っている。
何っ?!
皇の腕をぎゅっと掴んだ。
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