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賽は投げられた⑤

✳✳✳✳✳✳✳ 渡り廊下はこのすぐ先で、梓の丸方面と樺の丸方面に分かれる。 本丸に戻るなら、樺の丸方面に進まないといけない。 頭にかぶったハンカチで、足元しかよく見えなくても、今どこらへんを歩いているかくらいはわかる。 ここで皇の手を離さないと……。 そう思うのに、オレの手はずっと、皇の手を強く握っていた。 樺の丸に向かうと思っていた皇は、そのままオレの手を少し強めに引いて、二つに分かれた渡り廊下を、梓の丸に向けて左に進んだ。 「本丸に戻るなら、あっちじゃないの?」 皇の手を離せなかったくせに、口からは逆の言葉が出た。 どうしてオレは、皇に素直になれないんだろう。素直にって思っても……オレ自身、どうしたいのか、自分でわからない。 鎧鏡家の奥方候補として、今どうすべきなのか考えたら……きっとここで"若様"の手を離すのが正解なんだろうけど。 わかってるなら離せばいいのに。 立場的にどうしたらいいのかってことは、わかってるつもりなんだ。でも、気持ちがついていかない。だから体も動かないんだ。口だけなら、何とでも言えるのに。 「ああ、戻る」 当たり前の答えなのに、ショックを受けた。 だけどようやくそこで、皇の手を離そうと思えた時、皇がまた強くオレの手を引いた。 「そなた、先日のように余を送って参れ」 「え?」 「梓の丸から余を本丸まで車で送れ」 手を離そうって決心したのに、引き戻された。 また泣きそうだよ。 嬉しいのか悲しいのか、悔しいのか……どうして泣きたいのか、わからないけど。 「……うん」 そのまま、梓の丸の屋敷まで、皇に手を引かれて帰った。 着いてすぐに車を出してもらって、皇を本丸まで送って行った。 「雨花」 「ん?」 「一位であろうが、容易く触らせるようなことをするでない」 「……ん」 素直に頷くと、皇は『そなたが何の口答えもせぬと拍子抜けする』と、オレの頭に頭を軽くぶつけた。 「痛っ」 ぶつかった頭を手で押さえると、皇にその手を掴まれた。 皇の顔が近付いてきて、キスされる寸前、顔を背けた。 「……何故拒む」 「やだ」 だってどうして……。 皇はオレの顎を掴んで、顔を戻させた。 視線が合った皇を、キッと睨みつけた。 だってどうして今日、こんなことするんだよ。 「拍子抜けすると言うた仕返しか?」 「そんな訳ないだろ」 「では何故、余を拒む」 だって今日は、ふっきーの誕生日なんだよ? お前、これからふっきーのところに渡るんだろ? それなのに……。 「お前、やっぱり人の気持ちなんかどうでもいいんだ」 「あ?どういう意味だ?!」 皇と睨み合ったまま、本丸の車寄せに到着した。 「早く降りてよ」 「何っ?!話は終わっておらぬ!」 皇はオレの顎を掴んだまま、またキスしようとしてきた。 「嫌だ!」 皇の顔を押しのけると、皇は乱暴にオレの顎を突き放した。 その動きに抵抗出来なかったオレの体は、車のシートに勢いよく投げ出された。 「っ……」 「何故だ?!余が何をした?!そなたの気に障るようなことをしたか?!言え!何故余を拒む?!」 どうしてわかんないんだよ。 「今日、ふっきーの誕生日なのに、どうしてオレにキスしようなんて思えるんだよ」 「あ?」 「オレの誕生日の時も……オレのところに来る前に、誰かとキス、してたの?」 「そんな訳が……」 「そういうことだろっ!これからふっきーのところに渡るくせに!オレがお前だったら……こんなこと、絶対しない!」 「……そなたは、何も知らぬ」 皇は自分でドアを開けて、車を降りた。 「出して下さい」 「……かしこまりました」 『そなたは何も知らぬ』って、何だよ?!何にもわかってないのは、お前のほうだ! 走り出した車の窓から横目で外を窺うと、本丸に入っていく皇の背中が歪んで見えた。 オレ……いつから泣いてたんだろう?頬が冷たいと気付いた途端、一気に涙が溢れた。 ふっきーのために、あんなことを言ったんじゃない。 オレも同じことをされていたかもしれないって思うのが、嫌だっただけだ。 オレの誕生日に、皇がわざわざモナコからケーキを持って来てくれて、あんなに嬉しかったのに……。 オレのところに来る前にも、皇はさっきみたいに、オレじゃない誰かとキスしてたかもしれないと思ったら、あんなに喜んだ自分が……かわいそうだと思った。 「っ……」 ずっと皇のそばにいるって決めたのに。 また自分から遠ざけた。 だって嫌なんだ。 何でわかんないんだよ! 何で……。 また、怒らせちゃった。 皇……。 

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