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賽は投げられた⑥
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「はぁ……」
完全に寝不足だ。
いつの間にか寝てたけど。確実に二時過ぎまで起きていたのは覚えてる。
頭がぼうっとしたままうっすら目を開けると、白くてふわふわした巻き毛が、視界いっぱいに入ってきた。
って言っても、目が重くてあんまり開かないけど。
……あんなに、泣くんじゃなかった。
「……シロ」
オレの目の前に置かれたシロのお尻を撫でた。
「はぁ……散歩行こっか?」
時計は5時半になろうとしていた。
まだ外は暗そうだ。
でも、もう寝られる気がしなかった。
今日は、2月11日。建国記念日で学校は休みだ。
鎧鏡家では今日、年中行事の『雪見会』が開かれる。
今日の雪見会では、サクヤヒメ様への舞が奉納されると聞いた。舞手は駒様だ。
駒様が舞うところを、初めて見る。
って言っても、オレが見たことがあるのは、ふっきーの舞だけだけど。
梅ちゃんはオレが行事参加をする前に舞い終わってて、誓様はオレが熱を出して出席出来なかった新年会の舞手だったと聞いた。
オレは未だに誓様の顔すら知らないでいる。
駒様からは、誓様の年齢が19歳ってことだけ聞いていた。
ベールを被った姿でしか見たことがないから、誓様についてオレは、背が高くてスタイルがいいってことくらいしかわかっていない。
もしかしたら誓様が、皇の一番のお気に入り、だったりして。
あげはからそんな話を聞いたことはないけど、本当のところは、皇にしかわからない。
夕べ、散々皇とふっきーのことで泣いたけど……皇にはふっきーだけじゃなくて、駒様も誓様もいて、次の4月2日には、何人か新しく奥方候補を迎えるんだろう。
「はぁ……」
考え始めると、何もかも投げ出したくなってくる。
皇のそばにはいられないかもって……どんどん弱気になっていく。
皇……まだ怒ってるかな?
でもオレから謝りたくない。
昨日のは皇が悪いもん!オレは間違ってない!絶対!
……謝りたくは、ないけど。
皇とこのままなのは……もっと嫌だ。
オレが謝ったらいいの?
若様に逆らってすいませんでしたって?
「……」
やっぱりそれは絶対ヤダ!皇の近くにはいたいけど。
でも!今回のは皇が悪いもん!皇が間違ってたって認めるまで、オレからは絶対謝らない!
皇はオレだけじゃなくて、ふっきーのことも、傷付けたってことなんだから!
「……」
もしかしたらふっきーは、皇が自分のところに渡る前に誰かにキスしようが、皇が良ければそれでいいって、言うのかも。
オレ、全然進歩してない。ふっきーや駒様みたいに、皇がいいならそれでいいなんて、思えないよ。
「はぁ……」
シロの散歩に出る前に、とおみさんに頼んで、度の入っていないメガネを出してもらった。
オレの顔を見て、とおみさんはすぐにガッチリしたフレームのメガネを持って来てくれた。
ものすごい、目が重い。
思いっきり泣けばたいがいスッキリするのに、今回は未だにモヤモヤが続いてる。
シロのリードを引いて、いつもと同じように、三の丸に向かう気でいた。
なのに今日のシロは、オレを逆方向に引っ張って行く。
そっちにシロのお気に入りの場所があるのは知ってるけど!でも今日はそっちに行きたくないんだよ!そっちに行ったら、松の丸の屋敷が見えちゃうじゃん!
めちゃくちゃ行きたくないけど、ぐいぐい引っ張るシロを止められない。シロに引きずられるように進むと、案の定、日の出間近の朝靄の中、松の丸の屋敷が見えて来てしまった。
「はぁ……」
シロの力に抵抗するのを諦めた。
そうだよ!松の丸の屋敷が見えたぐらいで、へこむほうがどうかしてる。
キッ!と視線を松の丸の屋敷に向けると、屋敷の最上階を囲む回り縁に、二つの人影が見えた。
「っ!?」
いくら隣に建っているとはいえ、松の丸の屋敷はここからじゃ遠い。
その最上階にある回り縁に立っている人影なんて、指の先ほどにしか見えないのに……わかったんだ、オレには。その人影が、皇とふっきーだって。
「う、そ……」
背中から急激に体が熱くなった。
心臓がおかしくなるくらい、バクバクいってる。
もう6時になるはずだ。
そんな時間なのに、皇がまだ松の丸にいる。
今日は年中行事のある日だし、早く本丸に戻らないといけないんじゃないの?それなのに……。
うちの屋敷で皇と一緒に迎えた朝……時間にキッチリしてるっていう皇が、毎回ギリギリまで本丸に戻ろうとしないのは……オレにだけだって……どこかで思ってた。
バカだ、オレ。
何、思い上がってたんだろう。
その場から逃げるように駆け出した。
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