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賽は投げられた⑦
その場から駆け出したつもりだったのに、体は全然前に進んでいなかった。
振り向くと、シロがオレのベルトを咥えていた。
「ちょっ……離してシロ」
シロはそのままオレをグイグイ松の丸の方に引っ張った。
必死に抵抗しながらも、ズルズル引きずられて行くと、ふと『ニィニィ』という鳴き声が耳に入った。
「えっ?」
声のするほうを見るけど、声の主が見つからない。
『どこ?』とキョロキョロするオレの背中を、シロが鼻先で強く押した。
シロに押されるまま先に進むと、弱弱しい鳴き声が、頭の上から聞こえてくる。
「あ!」
大きな木の上で、小さな黒猫が鳴いていた。
あれって……。
「スミ?」
多分、ふっきーのところのスミだ!
木に登って降りられなくなったのかな?
『おいで』と言っても、降りてこないし、これはもう行くしかない!
オレは大きな木をよじ登った。
小さい頃、庭でよく木登りをしたから、全く戸惑いはなかった。
「おいで、スミ」
怖がっているスミは、オレを威嚇し続けている。
「あ」
昨日、スミがベールにじゃれついていたのを思い出した。ハンカチを出して振ると、スミは思った通りハンカチに飛びついた。
「うおっ!」
ハンカチごとスミを抱きしめて捕獲成功したのはいいんだけど……。
「どうしよう」
スミを片手に抱いたままじゃ、ここから降りられそうにない。
「シロ!」
シロならここからオレを助けられるよね?
シロは何度か木の幹を爪で引っ掻いて登ろうとしたようだったけど、しばらくすると『ふんっ』と大きな鼻息を残して、風のように去って行った。
「ええええっ?!シロー!」
お前、飛べるんじゃないの?どこ行っちゃったの!
「どうしよう」
本格的にどうしよう。
携帯、持ってない。
いずれ誰かが探しに来てはくれるだろうけど……この状況、何て説明したらいいんだろう?
スミを助けたなんて言ったら、スミの監督不行き届きってことで、松の丸の側仕えさんたちが、責められちゃうって、いちいさんが言ってた。
他の候補様の側仕えさんたちに、あんまりいい印象はなかったけど、いちいさんが庇いたい人たちなんだと思うと、オレもそこは、庇ってあげたいし。
いちいさんが探しに来てくれればいいんだけど、他の人が来ちゃったら何て言おう?
あわあわしてると、急にヒュッと強い風が吹いた。
「っ?!」
つむじ風みたいな渦巻がおさまると、そこにいたのは、シロの背中にしがみついてキョロキョロしている母様だった。
シロ、母様を呼びに行ってくれたんだ?!
でもよりによって何で母様?!
オレは咄嗟にスミを背中に隠した。
そっか。なんでって、シロは母様か皇しか、背中には乗せないよね。
だったら皇を呼んでくれれば……って、呼べるわけないか。今、皇はふっきーと一緒にいるんだから。
「母様」
もう母様に助けてもらうしかないんだけど……。
「ん?……えっ?!青葉?何してるの?」
ようやくオレの姿を捉えた母様が、驚いてシロから飛び降りた。
「えっと……」
母様がプレゼントしたスミを、ふっきーが逃がしたとか知ったら、母様が悲しむかもしれない。
答えに詰まっていると、背中に隠したスミが『ニィ』と小さく鳴いた。
「っ!」
「ん?猫?」
「あ……あの……」
「ああ、猫を助けようとして、青葉が降りられなくなっちゃったの?あははっ、漫画みたいだね。ちょっと待ってて」
母様はうちの増築現場からはしごを持って来てくれた。
「漫画だったら、こんな時助けに来るのは、主人公の相手役なんだろうけどね。私でごめん。はい、こっちに猫を渡して」
母様は、オレが持ってるのがスミだと気付いていないらしい。はしごを昇って手を出してくれる母様に、スミを渡すのを躊躇した。
「ん?手を離すの怖い?大丈夫だよ?万が一落ちてもシロが下で受け止めてくれるから」
マジですか?
そんなことなら、最初からシロに向かって飛び降りれば良かった。わざわざ母様を呼ぶこともなかったのに……。
『はい』と、ニッコリ手を差し出す母様に、何て言ったらいいんだよー!
「あの……昨日ふっきー誕生日だったから、それで、皆忙しくて……だと思うんです」
「ん?」
「昨日オレ、松の丸に行ったんですけど、すごく可愛がってるの見たし、梅ちゃんも、ふっきーはすごく可愛がってるって、言ってました」
「え?何の話?」
「……」
言い訳し続けてても仕方ない。観念して、母様にスミを差し出した。
「うわぁ可愛い黒猫だ。首輪して……って。あ!もしかしてこの子、私がプレゼントした黒猫?ああ!それで青葉がワタワタしてたんだ?」
爆笑したままはしごを降りた母様に続いて、オレもはしごを降りた。
母様、全然気にしてなさそう。
なんだったの?オレの心配。
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