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賽は投げられた⑧

「御台様のプレゼントの猫を逃がすなんて……って事?」 母様は楽しそうに笑った。 「いいんですか?」 「いいよ、別に。生きてるんだから逃げる時だってあるでしょ?大事にしてくれてるのも知ってるし。そんな話が青葉の耳にも届くなんて、私は家臣から相当怖がられてるみたいだね」 母様は肩をすくめた。 「青葉、この猫、私が預かっていいかな?」 「え?」 「私が迷子になったこの子を、普通に松の丸に届ければ、私がそんなことくらいで怒らないって家臣たちに伝わらないかな?どう思う?」 「あ!いいと思います!」 「良し!じゃあ、そうする」 母様はスミに頬ずりした。 "御台様"って、色々気を使って大変なんだなぁ。 「あれ?そういえば今日はメガネなんだね。どうしたの?目、悪かったっけ?」 「あ……いえ、その……」 重かった目は、だいぶ開くようになっていたけど……。 オレの顔を覗き込んだ母様が『あ』と小さく声を上げた。 「どうしたの?」 母様の『どうしたの?』って、何でこんな優しいんだろう?オレの目、泣き腫らしたって、バレバレだよね。 「オレ……また皇のこと……怒らせちゃって……」 母様には、こんなに素直になれるのに。 「え?どうして?」 「オレ……全然ダメで。……他の候補様みたいに、なれなくて」 「それで千代が怒ったの?」 「あ、いえ……」 皇がキスしようとしたのを、オレが拒んだら怒ったってことになるのかな?……そこらへん、説明しづらい。オレが言いづらそうに黙ると、母様はオレの肩をガッと掴んだ。 「もしかして!また千代、無理矢理青葉のこと?!」 「ちっ!違います!ちが……」 違わない?無理矢理なのは、無理矢理なんだけど……。 「やっぱり……千代がまた、無理矢理しようとしたんだね?」 「いえ!本当に違います!その……」 「あの子がそんなケダモノだったなんて……」 母様は大きくため息をついて、見るからに落胆した。 いや、そんな重いほうじゃなくて! 「違います!母様!そんな、あの……そっちじゃなくて……キス、です。キス、されそうになって、嫌がったら、その……」 「え?キス?」 『千代とはキスもしたくないか』と、さらに母様は落ち込んだ。 ちょっ……母様の疑問がどんどん違う方向に流れてるー!どうしよう。 「いや、ううん。そうだよね。無理矢理あんなことするような子、やっぱり嫌だよね、うん」 「いや、そうじゃなくて……」 母様は全く違う理由で落ち込み始めている。そんな誤解をされるくらいなら、本当のことを言ったほうがいい! 「違うんです。あの……昨日、ふっきーの誕生日なのに……皇、これからふっきーに渡るって時に、オレにキス、とかしようとするから……嫌だって、言ったんです」 「え?ああ。ふっきーがかわいそうってこと?」 オレは首を横に振った。 「え?違うの?」 「ふっきーの誕生日に、オレにキスしようとするってことは、オレの誕生日の時も、そんなことしてたのかなって、思って……腹が立って……」 「ああ、そういうこと」 「ふっきーは、多分そんなこと……気にしないと思います。鎧鏡の家臣として、若様である皇が幸せなら、自分以外の候補とうまくいってもいいって、言える人だから。でもオレ……そんな風に思ってあげられなくて……オレはいっつも自分のことばっかりで……」 言いながら泣きたくなってきた。 「鎧鏡家の家臣としてとか、皇が他の人と幸せになってもいいとか、そんな風に、思えないんです。オレ……鎧鏡の家臣の資格も、奥方候補でいる資格も、ないです」 「青葉を見てると、昔の自分を思い出すよ」 母様は、オレの頭をポンポン撫でた。 「え?」 「じゃあさ。青葉はどういう人なら、奥方候補の資格があると思うのかな」 「え……ふっきーとか、駒様みたいに、鎧鏡家のことを一番に考えられる人で……家臣さんたちにも信望が厚くって、皇と一緒に鎧鏡家のことを守っていける人で……」 「それって、私からしたら忠実な家臣のイメージだけどなぁ。奥方候補にはそういう人を望むって千代がそう言ったの?」 「……いえ」 「そっか。……青葉はさ、全部自分の想像で傷付いてるんじゃないかな?」 「え……」 「本当に大切なのは、青葉の気持ちじゃないかな?青葉は、千代のこと嫌い?」 オレ……そういえば今まで誰にも、皇への気持ちを話したことがなかった。 「……好き、です」 自分の気持ちを口に出した途端、何故か涙がどわーっと溢れた。 「っ……好き、で……っ……」 「うんうん」 母様が『ありがとう』って、オレを抱きしめた。

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