181 / 584
賽は投げられた⑧
「御台様のプレゼントの猫を逃がすなんて……って事?」
母様は楽しそうに笑った。
「いいんですか?」
「いいよ、別に。生きてるんだから逃げる時だってあるでしょ?大事にしてくれてるのも知ってるし。そんな話が青葉の耳にも届くなんて、私は家臣から相当怖がられてるみたいだね」
母様は肩をすくめた。
「青葉、この猫、私が預かっていいかな?」
「え?」
「私が迷子になったこの子を、普通に松の丸に届ければ、私がそんなことくらいで怒らないって家臣たちに伝わらないかな?どう思う?」
「あ!いいと思います!」
「良し!じゃあ、そうする」
母様はスミに頬ずりした。
"御台様"って、色々気を使って大変なんだなぁ。
「あれ?そういえば今日はメガネなんだね。どうしたの?目、悪かったっけ?」
「あ……いえ、その……」
重かった目は、だいぶ開くようになっていたけど……。
オレの顔を覗き込んだ母様が『あ』と小さく声を上げた。
「どうしたの?」
母様の『どうしたの?』って、何でこんな優しいんだろう?オレの目、泣き腫らしたって、バレバレだよね。
「オレ……また皇のこと……怒らせちゃって……」
母様には、こんなに素直になれるのに。
「え?どうして?」
「オレ……全然ダメで。……他の候補様みたいに、なれなくて」
「それで千代が怒ったの?」
「あ、いえ……」
皇がキスしようとしたのを、オレが拒んだら怒ったってことになるのかな?……そこらへん、説明しづらい。オレが言いづらそうに黙ると、母様はオレの肩をガッと掴んだ。
「もしかして!また千代、無理矢理青葉のこと?!」
「ちっ!違います!ちが……」
違わない?無理矢理なのは、無理矢理なんだけど……。
「やっぱり……千代がまた、無理矢理しようとしたんだね?」
「いえ!本当に違います!その……」
「あの子がそんなケダモノだったなんて……」
母様は大きくため息をついて、見るからに落胆した。
いや、そんな重いほうじゃなくて!
「違います!母様!そんな、あの……そっちじゃなくて……キス、です。キス、されそうになって、嫌がったら、その……」
「え?キス?」
『千代とはキスもしたくないか』と、さらに母様は落ち込んだ。
ちょっ……母様の疑問がどんどん違う方向に流れてるー!どうしよう。
「いや、ううん。そうだよね。無理矢理あんなことするような子、やっぱり嫌だよね、うん」
「いや、そうじゃなくて……」
母様は全く違う理由で落ち込み始めている。そんな誤解をされるくらいなら、本当のことを言ったほうがいい!
「違うんです。あの……昨日、ふっきーの誕生日なのに……皇、これからふっきーに渡るって時に、オレにキス、とかしようとするから……嫌だって、言ったんです」
「え?ああ。ふっきーがかわいそうってこと?」
オレは首を横に振った。
「え?違うの?」
「ふっきーの誕生日に、オレにキスしようとするってことは、オレの誕生日の時も、そんなことしてたのかなって、思って……腹が立って……」
「ああ、そういうこと」
「ふっきーは、多分そんなこと……気にしないと思います。鎧鏡の家臣として、若様である皇が幸せなら、自分以外の候補とうまくいってもいいって、言える人だから。でもオレ……そんな風に思ってあげられなくて……オレはいっつも自分のことばっかりで……」
言いながら泣きたくなってきた。
「鎧鏡家の家臣としてとか、皇が他の人と幸せになってもいいとか、そんな風に、思えないんです。オレ……鎧鏡の家臣の資格も、奥方候補でいる資格も、ないです」
「青葉を見てると、昔の自分を思い出すよ」
母様は、オレの頭をポンポン撫でた。
「え?」
「じゃあさ。青葉はどういう人なら、奥方候補の資格があると思うのかな」
「え……ふっきーとか、駒様みたいに、鎧鏡家のことを一番に考えられる人で……家臣さんたちにも信望が厚くって、皇と一緒に鎧鏡家のことを守っていける人で……」
「それって、私からしたら忠実な家臣のイメージだけどなぁ。奥方候補にはそういう人を望むって千代がそう言ったの?」
「……いえ」
「そっか。……青葉はさ、全部自分の想像で傷付いてるんじゃないかな?」
「え……」
「本当に大切なのは、青葉の気持ちじゃないかな?青葉は、千代のこと嫌い?」
オレ……そういえば今まで誰にも、皇への気持ちを話したことがなかった。
「……好き、です」
自分の気持ちを口に出した途端、何故か涙がどわーっと溢れた。
「っ……好き、で……っ……」
「うんうん」
母様が『ありがとう』って、オレを抱きしめた。
ともだちにシェアしよう!