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賽は投げられた⑨

「候補に資格が必要だっていうなら、その気持ちが一番の資格じゃないかな」 「え……」 「私にはそれしかなかったよ」 母様はふふっと笑って『鎧鏡の嫁なんていうのはただの肩書きだよ?そんなのそうなってからいくらでもそれらしくなれるって』と、またオレをぎゅっと抱きしめた。 「そんなこと言ったら、私なんか本当に酷かったよ?未だに冨玖院(ふくいん)様には、ダメ嫁呼ばわりされるしね」 「えっ?!」 冨玖院様は皇のおばあ様のことだ。……男だけど。 お館様と母様の結婚は、冨玖院様に相当反対されたんだと、母様は笑って話してくれた。 この母様が結婚を反対されていたなんて信じられない。 オレがそう言うと、母様は『あの頃の私じゃ反対されて当然だったと思うけどね』と、笑った。 母様はその昔、いわゆる『不良』と呼ばれる部類の人だったんだそうだ。 想像出来ない! 母様は候補に選ばれたあと、金髪にしていた髪が全て黒くなるまで、家臣に絶対姿を晒すなって言われて、冨玖院様に一年近く、地下牢に幽閉されていたんだと話してくれた。 何、その話!嘘でしょ?母様が?! 「私の候補時代の事は、鎧鏡家の汚点とか言われててね。千代も知らないくらい極秘情報扱いだよ」 母様は頭を掻きながら『まぁ今にして思えば幽閉されて良かったと思うけど』と笑った。 幽閉されて良かった?どうして? 「地下牢に入れられる時に冨玖院様に言われたんだ。『悔しかったら私と同じ医者になってみろ』って。まんまと医者になるって誓ったよね。冨玖院様より立派な医者になって見返してやる!って。医者になった動機があまりに不純過ぎて、患者さんたちには絶対言えない、こんな話」 「冨玖院様もお医者さんなんですね?」 「うん。今は大殿様の主治医しかしてないけどね」 大殿様は皇のおじい様のことだ。すごく厳格な人だって、あげはから話を聞いたことがある。 母様は『そんな動機だったけど、医者になって本当に良かったって思ってる。皆の健康を守ってるのは私なんだって、日々実感出来るのが嬉しいんだ。だから今は冨玖院様に感謝してるよ』と、笑った。 「冨玖院様は母様を医者にするために、わざと意地悪したんですね?」 「ええ?!……そんな風に考えたことなかったな。んー、今もダメ嫁とか言うくらいだし、無理難題をふっかけて、私を実家に返そうと思ってたんじゃないの?」 本当にそうなのかな? 皇がモナコで撮ってきてくれた鎧鏡一族の写真を思い出した。 その中には、冨玖院様と母様が一緒に写ってる写真もたくさんあった。 嫌いな人と一緒に、あんな楽しそうに写るわけないと思うんだけど……。 母様は『自分がそんなだったから、私は候補様の味方でいたいって、すごく思うんだろうね』と、オレの頭を撫でた。 「あ!こんな話してたら、雪見会に遅れちゃうね。ごめんごめん。そうだ!私も青葉と同じだよ」 「え?」 「鎧鏡のためになるって言われても、王羽(わこう)だけは他の人に譲らない。私には王羽が好きって気持ちしかなかったけど、その気持ちがあったから、ここまで頑張ってこれたと思ってる。それが一番大事じゃないかな」 母様は『何か恥ずかしい話をしちゃった』と赤くなりながら、ハンカチにくるまれたスミを抱いて『千代のこと本当にありがとね!』と、足早に去って行った。 「母様って可愛い人だね、シロ」 あの母様が金髪の不良で、冨玖院様から結婚を反対されていたなんて! お館様は昼行灯とか言われてたっていうし、母様ってすごく苦労したんだろうなぁ。 今もあんまりお休みする暇もなさそうで、すごく忙しそうなのに、母様は疲れたところなんて少しも見せない。いつも楽しそうにしてて……。 でも無理して楽しそうにしてるわけじゃなさそうなところが、もう本当に尊敬! 好きだから、頑張れる……か。 オレもすっごい頑張りたいのに、何を頑張ったらいいのかわかんなくて、焦ってイライラしてたんだ。 そんなんだから昨日も、皇に突っかかっちゃったのかも。 皇にもっともらしいことを言ったつもりでいたけど、思い返すと、結局言ってることは"他の人とキスすんな!"ってことじゃんか。恥ずっ。 キスしたいとかしたくないとか、そういう皇の気持ちは、オレがどうこう言っても変えられるものじゃないのに。 オレはどうしたらいいんだろう?何を頑張ったらいいんだろう?母様みたいに頑張れる何かが、オレにはわからない。 ああ、また頭がグルグルする。 「……よし!」 柴牧の母様だったらこんな時、考えてもわかんないことをグダグダ悩んでないで動くべし!って言うだろう。 そうだ!まずは今日の雪見会をしっかりこなそう! 完璧な候補になろうなんて思うから、グダグダ悩むんだよ、きっと。 あの母様だって、候補になってすぐ地下牢に入れられてたって言うんだから。 あの話、すごい勇気が出たなぁ。 今朝、母様に会えてホントに良かった。 「ありがと、シロ」 母様を連れてきてくれたシロの頭をグリグリ撫でた。

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