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賽は投げられた⑩

✳✳✳✳✳✳✳ 雪見会の会場に入ってすぐ、何となくおかしいとは思ってた。 空気が澱んでるみたいな、息苦しい感じがして……。 着物の帯がきついのかなって、最初は思ってたけど、これはどうもそうじゃない。 そんな中、雪見会は10時から始まった。 駒様の舞いに続いて雅楽の演奏が流れると、やぐらに登ったお館様と皇が、集まった家臣さんたちに向けて豆を撒き始めた。 雪見会は節分の日に、サクヤヒメ様にお供えした膨大な量の豆を、家臣さんたちにおすそ分けするのが一番の目的なんだそうだ。この豆を食べると、寿命が伸びると言われているらしい。 豆が撒かれ始めた頃から、頭が痛くなってきた。 視界が白く霞んでる気がする。 白いベールを被ってるからじゃ、ないよね?これ。 どうしよう……気持ち悪い。 ダメだ!候補として行事くらいちゃんとしていたい。座ってるだけでいいんだから。 それすら出来ないなんて嫌だ。 そう思うのに、どんどん息が荒くなっていく。心臓がものすごくドキドキして、気持ち、悪い。 頭がクラクラしてきて、体が小さく震えてきて、足の先がすごく冷たく感じた。 「はっ……」 ふわっと体が浮いた感覚がしたと思ったら、遠くで『雨花ちゃん!』という、梅ちゃんの声が聞こえてきた。 梅ちゃん……すぐ隣に座ってたはずなのに。声が、遠いよ。 目が開けていられない。 自分の体が倒れてしまったのだとわかった。 ベールが顔にかかって息が苦しい。 ざわざわ耳に入ってくる音が、気持ち悪くて仕方ない。 何を言ってるのかわからないたくさんの声の中、遠くで『雨花!』と呼ぶ声だけがはっきり聞こえた。 皇、の、声だ。 「っ……」 体を揺らされる感覚に、吐き気が襲ってきた。 ベールが顔からはずされたと思った瞬間『雨花!』という皇の声が、すぐ近くで聞こえた。 「余が連れて参る!」 皇の香りがふわりとして、体を抱きかかえられたのがわかった。 「千代!」 抱きかかえられてすぐ、皇と母様が何か言い争ってるのはわかった。でも何を言っているのか聞き取れない。 皇……オレのせいで母様と言い争ってるの?そんなの駄目だよ。 「す……」 「雨花!しっかり致せ!」 皇がオレのこと、心配してる。 昨日のこと、もう怒ってないの? オレももう……怒ってないよ?拗ねてただけなんだ……ごめんね、皇。 皇が心配してくれたと思うと、何だかひどく安心して……力が抜けた。 あたたかい手が、おでこに乗ってる。 皇の手? 違う。皇は、もっと大きな手だ。 じゃあ、母様? 母様ももっと大きくて、消毒薬でちょっと荒れた手をしてる。 でもこの手は……やわらかくてもちもちしていそう。 まだ手荒れをしらない子供の手、みたいだ。 だけど……何だかすごく、癒される。 その手のあたたかさを感じながら、夢を見ていた。 夢の中には皇がいて、母様もいて、オレはベッドで寝てて……何か病気にでもなったのかな?だけどすごく、幸せな気持ちだった。 夢の中で皇はオレの髪を撫でていて、しばらくするとオレのお腹が、盛大に『ぐー』っと鳴った。 「ああ、お腹がすいた?私を食べたらいいよ」 夢の中の母様が、皇をやんわりと押しのけると、自分の手を少しちぎって、オレに差し出してくれた。 えっ?!手をちぎった?! ぎょっとしながら受け取った母様の手は、焼きたてパンの香りがしていた。 何、このどっかで見たことあるハチャメチャ設定! なのに夢の中のオレは普通にお礼を言って、母様の手を頬張った。 それがまた、すっごく美味しいパンだった。 「ありがとうございます」 オレが至福の笑みをこぼすと、それを見た皇が、面白くなさそうな顔をして小さくため息をついた。 「私も、パンになります」 えっ?皇がパンに?! 『こんな時、自分の無力さを痛感します』と、皇がオレの手を握って母様に言った。 「千代は鎧鏡の跡取りだ。パンになるなんて許されないよ」 「……パンでも跡取りにはなれます」 「パンになる道を選んだなんて知られたら、家臣団が黙ってはいない」 皇が顔をしかめた。 すごく、悔しそうだ。 ねぇオレに、何か出来ないかな? オレ、ずっと皇の役に立ちたくて仕方ないんだ。 あ、そっか。 オレが皇の役に立ちたくて仕方ないのって、オレが皇の役に立ってないって、思ってるからだ。 夢の中で急にそんなことがひらめいた。 候補らしくなれないとか、皇に選ばれるはずないとか、ずっと落ち込んでたけど……オレが嫁候補であるのを否定してきたのは、誰よりオレ自身じゃん。 あ、そうだ! 皇がパンになっちゃ駄目なら、オレが代わりになれないかな? そしたらオレ、皇の役に立てるかも。そしたら……オレが皇の隣にいることを、自分に許してあげられる気がする。 「皇」 「ん?」 「だったらオレが、パンになる。お前が助けたい人を、オレが助けてあげる」 そこで、夢から覚めたんだ。

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