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賽は投げられた⑪
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「ん……」
「雨花!」
頭が痛い。
新嘗祭の時とおんなじだ。
またオレ、気に当たったってやつなのかな?
目を閉じたまま少し頭を動かすと、あったかい手がオレの頬を包んだ。
ああ、これ皇の手だ。
あれ……さっきもおでこに誰かの手が乗ってた気がしてたけど……皇の手じゃなかった、よね?多分。
ついさっきまで、すごくいい夢を見てた気がする。
……どんな夢だっけ?
すごく幸せな夢だった気がするのに……起きた途端、忘れちゃった。
「辛いか?」
少し頭が痛いだけで、体はもう大丈夫だと思う。辛いのは体じゃなくて、候補として行事参加もしっかり出来なかったって、自分を責める心のほうだ。
「ごめ……」
謝ろうとしたのに、上手く声が出せない。
「謝るな。そなたは何も謝るようなことをしておらぬ」
皇がオレの頬をすっと撫でた。
「ぎょう、じ……け、が、した……」
「穢してなどおらぬ」
頭を撫でる皇の手のあったかさに、鼻の奥がツンとした。
オレ、行事もまともに出られないなんて……候補失格どころか、それ以前の問題だ。
「苦しいのか?」
「……苦、し……」
皇は『御台殿を呼べ!』と、大きな声をあげた。
「余に出来ることはないか?」
皇はオレの手の甲に唇を寄せた。
これ以上、何もしなくていいよ。
首を横に振った。
もう皇、してくれてるよ?
初めて皇と本当に繋がったんだと思えたあの日のことを、思い出してた。
ずっと皇に会えなくて、ようやく触れられた皇の体温……。
それを感じられるだけで、本当に幸せで、もう何もいらないって、思っていたことを。
そこでドアがノックされた。
ドアを見て、初めてここがオレの部屋じゃないことに気がついた。
オレの部屋だと思ってた。だってオレのと同じベッドだから。
あ、でも香りが違う。
ここ、どこ?三の丸?でも、三の丸特有の香りがしない。
ドアが開いて、母様が入って来た。
「気分はどう?」
「……こ、えが……」
「声?んー、口開けて?」
母様はてきぱきとオレを診ると『大丈夫そうだよ。この前と同じだろうね。人の気に当たったんだと思う。声は少しずつ出てくるはずだから、あとはゆっくり寝ること』と、オレの頭を撫でた。
「青葉は三の丸に運ぶよ?」
「このままここに置いては……」
「万が一何かあっても、本丸にはすぐに対応出来る者がいないだろ?青葉は三の丸に連れて行く」
「……」
ここ、本丸だったんだ?
すぐ隣に立っていた皇は、口をきゅっと結ぶと『送ります』と言って、オレをひょいっと抱き上げた。
皇に抱きかかえられたまま、前に入院していた三の丸の特別室に運ばれた。
運ばれる途中、もう夜になっていたのを知った。
オレ、どれくらい寝てたんだろう?
そういえばさっき見てた夢、どんなだったっけ?
すごく幸せだったってことしか、思い出せない。
「どうした?」
「ん……」
声がだいぶ出るようになってる。
頭痛も良くなってきていた。
白くモヤがかかったように重かった頭が、スッキリし始めていた。
「占者様のお祓いが効いていないのかな?」
母様が心配そうに皇に聞いた。
占者様が、お祓いをしてくれた?
「それはないと思います」
「でもまだ青葉、辛そうだよ?シロでも呼ぼうか?」
あれ?何かこの場面、どこかで見たことある。
「雨花……苦しくはないか?」
皇がオレの頭を撫でた。
「ん。頭が少し、痛かっただけで……今はそんなに辛くない」
皇は『そうか』と言って、オレの頭を撫でた。
そんなに辛くはないけど、まだ少し、気持ちが悪い。
「っ……」
少し呼吸を乱すと、母様が『気分が悪いの?千代ちょっと』と、皇をやんわり押しのけて、オレの額に手を置いた。
「熱はないね。吐き気止めが点滴に入ってるから、吐き気はすぐおさまるはず。うん、大丈夫」
「ありがとうございます」
医者である母様の『大丈夫』は、ものすごい効き目がある。
オレはすごく安心して、母様に頷きながら笑いかけた。
すると母様の後ろにいた皇が、面白くなさそうな顔をして、小さくため息を吐いたのがわかった。
あ、れ?やっぱりこの場面、どこかで見たことがある気がする。
「私も、医者になります」
えっ?!皇が医者に?
いや……あれ?やっぱりこの場面、知ってる!デジャブ?
「こんな時、自分の無力さを痛感します」
そう言って、皇がオレの手を握った時、さっきまで見ていた夢の記憶がブワッと戻ってきた。
そうだ!これ、さっきまで見てた夢とそっくりだ。
夢では皇、医者じゃなくて、パンになるとか言ってたけど……。
その夢の記憶に、吹き出しそうになった。
そうだ。オレ、皇の代わりにパンになるって決意したところで、目が覚めたんだった。
パンになるって……どんな夢だよ。
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