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賽は投げられた⑪

✳✳✳✳✳✳✳ 「ん……」 「雨花!」 頭が痛い。 新嘗祭の時とおんなじだ。 またオレ、気に当たったってやつなのかな? 目を閉じたまま少し頭を動かすと、あったかい手がオレの頬を包んだ。 ああ、これ皇の手だ。 あれ……さっきもおでこに誰かの手が乗ってた気がしてたけど……皇の手じゃなかった、よね?多分。 ついさっきまで、すごくいい夢を見てた気がする。 ……どんな夢だっけ? すごく幸せな夢だった気がするのに……起きた途端、忘れちゃった。 「辛いか?」 少し頭が痛いだけで、体はもう大丈夫だと思う。辛いのは体じゃなくて、候補として行事参加もしっかり出来なかったって、自分を責める心のほうだ。 「ごめ……」 謝ろうとしたのに、上手く声が出せない。 「謝るな。そなたは何も謝るようなことをしておらぬ」 皇がオレの頬をすっと撫でた。 「ぎょう、じ……け、が、した……」 「穢してなどおらぬ」 頭を撫でる皇の手のあったかさに、鼻の奥がツンとした。 オレ、行事もまともに出られないなんて……候補失格どころか、それ以前の問題だ。 「苦しいのか?」 「……苦、し……」 皇は『御台殿を呼べ!』と、大きな声をあげた。 「余に出来ることはないか?」 皇はオレの手の甲に唇を寄せた。 これ以上、何もしなくていいよ。 首を横に振った。 もう皇、してくれてるよ? 初めて皇と本当に繋がったんだと思えたあの日のことを、思い出してた。 ずっと皇に会えなくて、ようやく触れられた皇の体温……。 それを感じられるだけで、本当に幸せで、もう何もいらないって、思っていたことを。 そこでドアがノックされた。 ドアを見て、初めてここがオレの部屋じゃないことに気がついた。 オレの部屋だと思ってた。だってオレのと同じベッドだから。 あ、でも香りが違う。 ここ、どこ?三の丸?でも、三の丸特有の香りがしない。 ドアが開いて、母様が入って来た。 「気分はどう?」 「……こ、えが……」 「声?んー、口開けて?」 母様はてきぱきとオレを診ると『大丈夫そうだよ。この前と同じだろうね。人の気に当たったんだと思う。声は少しずつ出てくるはずだから、あとはゆっくり寝ること』と、オレの頭を撫でた。 「青葉は三の丸に運ぶよ?」 「このままここに置いては……」 「万が一何かあっても、本丸にはすぐに対応出来る者がいないだろ?青葉は三の丸に連れて行く」 「……」 ここ、本丸だったんだ? すぐ隣に立っていた皇は、口をきゅっと結ぶと『送ります』と言って、オレをひょいっと抱き上げた。 皇に抱きかかえられたまま、前に入院していた三の丸の特別室に運ばれた。 運ばれる途中、もう夜になっていたのを知った。 オレ、どれくらい寝てたんだろう? そういえばさっき見てた夢、どんなだったっけ? すごく幸せだったってことしか、思い出せない。 「どうした?」 「ん……」 声がだいぶ出るようになってる。 頭痛も良くなってきていた。 白くモヤがかかったように重かった頭が、スッキリし始めていた。 「占者様のお祓いが効いていないのかな?」 母様が心配そうに皇に聞いた。 占者様が、お祓いをしてくれた? 「それはないと思います」 「でもまだ青葉、辛そうだよ?シロでも呼ぼうか?」 あれ?何かこの場面、どこかで見たことある。 「雨花……苦しくはないか?」 皇がオレの頭を撫でた。 「ん。頭が少し、痛かっただけで……今はそんなに辛くない」 皇は『そうか』と言って、オレの頭を撫でた。 そんなに辛くはないけど、まだ少し、気持ちが悪い。 「っ……」 少し呼吸を乱すと、母様が『気分が悪いの?千代ちょっと』と、皇をやんわり押しのけて、オレの額に手を置いた。 「熱はないね。吐き気止めが点滴に入ってるから、吐き気はすぐおさまるはず。うん、大丈夫」 「ありがとうございます」 医者である母様の『大丈夫』は、ものすごい効き目がある。 オレはすごく安心して、母様に頷きながら笑いかけた。 すると母様の後ろにいた皇が、面白くなさそうな顔をして、小さくため息を吐いたのがわかった。 あ、れ?やっぱりこの場面、どこかで見たことがある気がする。 「私も、医者になります」 えっ?!皇が医者に? いや……あれ?やっぱりこの場面、知ってる!デジャブ? 「こんな時、自分の無力さを痛感します」 そう言って、皇がオレの手を握った時、さっきまで見ていた夢の記憶がブワッと戻ってきた。 そうだ!これ、さっきまで見てた夢とそっくりだ。 夢では皇、医者じゃなくて、パンになるとか言ってたけど……。 その夢の記憶に、吹き出しそうになった。 そうだ。オレ、皇の代わりにパンになるって決意したところで、目が覚めたんだった。 パンになるって……どんな夢だよ。

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