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賽は投げられた⑫

「千代は鎧鏡の跡取りだ。医者になるなんて、許されないよ」 あ、やっぱり!母様も夢と同じこと言ってる! いや、夢では医者のところが、パンだったけど……。 「……医者でも跡取りにはなれます」 パンでも跡取りになれるとか言ってる皇を一度夢で見ているせいか、医者だったら全然、跡取りとしてイケるだろうと思った。 「医者になる道を選んだなんて知られたら、家臣団が黙ってはいない」 医者でも跡取りにはなれるでしょ?と思ったけど……鎧鏡家の次期当主には、その選択は許されないんだろう。 「……」 夢と同じように、皇が顔をしかめてる。 この状況、さっきの夢と同じなの? 皇の代わりにパンになることは出来ないけど、医者だったら……頑張ればオレにも、なれる? 夢の中で感じてた幸せな気持ちって……これだ。 見つけた。 オレがしたいこと。 「皇」 「ん?」 「だったらオレが医者になる。お前が助けたい人を、オレが助けてあげる」    「帰らないでいいの?」 「そなたが望むなら戻る」 「……」 三の丸のベッドの上で、皇に後ろから抱きしめられたまま横になっていた。 「そなたには似合いだと思う」 「ん?」 「医者という職業だ」 「……オレもそんな気がする」 「ああ」 皇はオレの頭にキスをして、ふっと笑った。 さっき医者になるって宣言したオレを、皇は母様がいるにもかかわらず『偉そうに』と言って、思いっきり抱きしめた。 母様は『夜伽厳禁ね』と、笑いながら部屋を出て行ってしまい……今に至る。 「昨日の怒りは……鎮まったのか?」 皇はオレの体をくるりと回して、視線を合わせた。 「……腫れておる」 皇の指が、オレの目尻を撫でた。 夕べ散々泣いたのに、さっき医者になるって宣言した時から、そんなの夢だったみたいに、心が軽くなっていた。 「そなたが倒れたのは、余の願いかもしれぬな」 「え?」 どうして? 「余はそなたの怒りに言い訳することすら、許されぬ」 皇が大きく息を吐いた。 「余は、己の思いを口に出すことを禁じられておる。そうでなくとも、もともと余は……こういったことに、不慣れゆえ。そなたの怒りを鎮めるための上手い言葉が……一つも出て来ぬ」 皇は『こうするしかないのだ』と、オレをきつく抱きしめた。 「こうしてただ許されるのを待つしか出来ぬ。そなたが倒れねば……このようにそなたを胸に抱くことすら……出来ずにおったかもしれぬ」 「……ごめん」 オレ、ずっと心の奥で、オレなんか皇が最後に選ぶ一人になれるわけないって、思ってた。 "オレなんか"って気持ちが、皇の優しさを素直に受け入れさせずにいたんだと思う。 自分に自信が持てなくて、自分で皇に選ばれない理由を、ずっと探し続けてた。どれだけ優しくされても、それを全部否定して……。 だって、何にも見つけられなかったんだ。オレがお前に選ばれるような理由が。 オレは他の候補様みたいに、家臣としての心得もないし、経済に明るいわけでもない。鎧鏡家のことに詳しいわけでもないし、この先鎧鏡家の役に立つ人間になれるとも思えなかった。 そんなオレが、皇に選ばれるなんて思えないじゃん。 オレの中のそんな劣等感が、いつも皇に対する不満に変わって、お前のこと……怒ってた。……ごめんね。 医者になるって宣言した時、そんな自分から、ようやく変われそうな気がしたんだ。 「何故そなたが謝る?」 何故って言われても……オレにも上手く自分の気持ちを話せそうにない。 自分の中に、まだ怖い気持ちが残ってる。 でもいつか『お前の嫁はオレしかありえない!』って、言えるくらい……強く、なりたい。 「怒ってたこと」 皇を掴む手に力を込めた。 「余も怒り返した。おあいこだ」 おでこにキスをした皇が、ふっと笑った。 医者になれたからって、皇の嫁になれるわけじゃないのはわかってる。 でも、皇の助けたい人を助けるっていう目標に向かってるオレなら、今のオレより断然認めてあげられると思った。 『オレなんか』なんて、思わなくなるくらい、オレ、医者目指して頑張る! 皇……オレね、今ようやく、お前の嫁候補に……なった気がするよ。

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