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微触①
2月14日 晴れ
今日はバレンタインデーです。
「おはよー!ばっつん!」
「あ、おはよ。サクラ」
朝、机についてすぐ上機嫌のサクラがやってきた。
「チョコ入ってた?」
「え?」
んなもんあるわけないじゃん。男子校だよ?男子校!
「さすがにもう、ばっつんに言い寄るような猛者はいないか」
ここのところずっと、手紙を貰うことがなくなってる。
サクラはオレの机の中を覗き込んだ。
「ない!良し!僕の流した噂が功を奏してきてるんだな。ふふっ。そんな寂しいばっつんに、僕から友チョコ!はい!」
……サクラ?お前また心の声までダダ漏れだから。
僕の流した噂って何だよ?
まあ、それが本当に功を奏してるっていうなら、助かったからいいけどさ。
「ありがと」
「で?ばっつんはがいくんにどんなチョコ渡すのかね?あ!もしかして、すでに机の中に入れてたりしてー?」
「え?」
サクラは皇の机の中を覗き込んだ。
「あ!これ?」
皇の机から小さな箱を取り出した。
ちょっ、待っ!えっ?!何?何だよ、その箱!
「え?ばっつんのじゃないの?ヤバ……」
サクラはオレの顔を見ると、急いでその箱を皇の机の中に戻した。
「ちょっとちょっとばっつん!先越されてるじゃん!がいくん、とられてもいいの?!」
バレンタインにチョコ渡すとか……百歩譲って男同士でも有りとしたって、クリスマスを完全スルーしたあの家の若様が、バレンタインデーにチョコを欲しがるわけがない。
横文字表記の行事なんかあの家にはないも同然だ。
むしろそんな行事に乗っかったりしたら、駒様に怒られそうだよね。
それより!今の問題は皇だよ、皇!
オレには手紙を貰っただけで『隙があるからだ』とか言うくせに!自分だってチョコなんか貰っちゃってるじゃん!
……誰からだよ?
皇がチョコを見つけた時、どんな顔するかよーく見てやる!
今日は金曜日だし、いつも通りなら皇は、オレのところに渡ってくる日だ。チョコを見て口端を上げるようなら、今日渡って来た時に言ってやる!
と、思っていたのに……。
「がいくん、どうしたんだ?」
「え……わかんない」
朝のホームルームに皇がいないのを見て、田頭がオレに聞いてきたけど、オレだってわかんないよ。
どうしたんだろう?
昨日は元気そうだったから、仕事かな?
休み時間、ふっきーに皇が来ない理由を知っているか聞いてみたけど、ふっきーもわからないと言っていた。
今、仕事は学校を休まないといけないほど忙しいってわけじゃないと思うってことだったし……だとしたらやっぱり、何か病気?
病気だったら今日の渡りは……ない、よね。
雪見会の日、ずっとオレに付いててくれたから、病気じゃなくても、もしかしたら、違う候補様のところに渡るかもしれない。
「……」
いや!そんなの悩んでる場合じゃない!勉強しなきゃ!
昨日から、母様の家庭教師だったという"高遠先生"が、オレの家庭教師としてやって来た。
高遠先生は『医学部合格のスペシャリスト』とかいう、おしゃれなおじいさんだ。
医者になるって宣言したオレに、母様が『だったらいい先生がいるんだよ』と、高遠先生を紹介してくれた。
先生はオレの成績表を見て『お陽 殿よりは随分楽そうだ』と、笑った。
お陽殿っていうのは、母様の候補時代の呼び名だって先生が言っていた。
昨日、先生から出された課題がまだ終わっていない。学校でもやっておかないと、今日高遠先生が来るまでに終わらないよ!
そういえば母様が『他の候補を気にしてる暇もなかった』って、言ってたっけ。
確かに毎日こんな膨大な量の課題が出されたら、変なこと悩んでる暇もなかったと思う。
オレが高遠先生から出された課題に四苦八苦していた二時間目の休み時間、教頭先生が慌てた様子で、教室に入って来た。
「柴牧君、いるか?」
「え?はい!」
え?教頭先生がオレに何の用?
「ああ。今、おうちから電話があって、急いで帰ってくるようにと伝言があったんだ。車を手配したから、すぐに帰りなさい!」
「えっ?!何があったんですか?」
「詳しい事情を話している時間がないと言われてね、とにかく急いで帰りなさい」
「わかりました!」
どうしたんだろう?ホントに皇に何かあったんじゃ……。
って、皇に何かあったなら、ふっきーだって呼ばれるはずじゃん。
じゃあ何なんだろう?
……あ!あれ?『うち』って、柴牧のほう?そっか!学校で『うち』って言ったら、柴牧のうちのことじゃん!
……オレの中の『うち』が、今ではもう鎧鏡家に、なってた。
って、そんなことより!柴牧の家に何があったんだろう?父上?母様?……いや、順番的には、おばあ様かも!
オレは急いで帰り支度をしながら、とりあえず実家に電話をかけた。
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