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微触②
『はい。柴牧でございます』
うわー良かった!柴牧の母様は無事だ!
「母様!何があったんですか?!」
「え?……あっくん?やだー!久しぶり。どうしたの?」
「どうしたの?って……。そちらは、皆無事なんですね?」
「え?何?」
「わかりました!またかけます!」
あののんびりした様子からすると、柴牧の皆は無事だ!じゃあやっぱり、鎧鏡の誰かに何かが?
オレは急いでいちいさんに電話をかけた。
皇に何かあったら、ふっきーだって呼ばれるはず。オレだけが呼ばれるってことは、梓の丸の誰かに何かがあったってことだ。
学校の前に停められていたタクシーに乗り込んで、運転手さんに鎧鏡家の住所を伝えた。
タクシーが走り出してすぐ、電話の向こうからいちいさんの声が聞こえてきた。
良かった!とりあえずいちいさんは無事だ!
「はい。雨花様、今どちらですか?」
「いちいさん!誰に何があったんですか?!」
「え?どうなさいましたか?」
「どうって……急いでうちに帰るようにって……」
「ええ。急いで帰っていらしてください」
えっと……いちいさんの声の調子は、いつもとなんら変わらない。
え?急いで帰って来いって、誰かに何かあったんじゃないの?
「あの……急いで帰れって、何なんですか?」
「はい、それが……」
そこで、電話の向こうから『貸せ』という、低い声が聞こえた。
え?待って?今の皇?皇の声?え?何で皇がいちいさんのとこにいるわけ?え?そこ梓の丸じゃないの?本丸?お前、学校休んで何してんの?
「早う帰って参れ」
「え?ってか、お前何してんの?」
「遅くとも11時までには必ず戻れ。良いな」
「11時?」
あと30分もないじゃん!
「ちょっ……どうして?え?間に合わないかも」
「間に合わせろ」
そう言って電話はブツリと切れた。
何なんだよー!あいつぅっ!
「すいません。急いでもらえますか?」
何があったか全然わからないけど、急いで帰れなんて……とにかく何かがあったんだ。
オレはドキドキしながら、運転手さんに急いでくれるよう頼んだ。
いちいさんの様子じゃ、そんな大変なことじゃないのかな?
でもいちいさん、大概のことでは慌てないし……。
いちいさんがあんな感じでも、実は何か大変なことが起きてるかもしれない。だって学校を休んだ皇が、いちいさんと一緒にいるって何?
うわぁ……何があったんだよー!
「おかえりなさいませ、雨花様」
「遅いっ!」
梓の丸に着くと、いつものように玄関でいちいさんが出迎えてくれた。……すぐ後ろに怒った皇を引き連れて。
遅いとか言うけど、お前が言ってた11時には着いたじゃん!
皇を睨んでから、いちいさんに質問した。
「何があったんですか?」
「早う部屋に参れ」
お前には聞いてない!
オレが頬を膨らますと、皇はオレの手を引いて歩き出した。
「ちょっと!……あ!」
屋敷に入ってすぐ、オレの部屋に続く廊下が、朝よりスッキリしていることに気が付いた。
ここのところずっと掛けられていた白い布が取り払われている。
あれ?工事終わったの?
「まだ見るでない」
白い布が掛けられていた所を覗こうとすると、皇に目を塞がれた。
「ちょっ……」
「そなたは急いで、まずは着替えろ」
「は?」
「ここを見るのはそれからだ」
皇に手を引かれたまま部屋に入ると、着物が一揃え用意されていた。
皇は『早う着替えろ』と言いながら、オレの部屋のソファにどっかり座って、足を組んだ。
「何で着物?」
「今朝、梓の丸の増築工事が完了した。これから落成祝いをする。祝い事は午前中にすると決められておるゆえ早う支度を致せ」
「は?」
……まさか。
「オレの早退の理由って、それ?」
「そうだ」
「はぁ……」
「どうした?」
「どうしたもこうしたも!」
「いいから早う着替えよ!午前中に間に合わぬではないか」
……ダメだ。
どれだけ言い合っても、そこらへんは噛み合いそうにない。
「じゃあ、出てってよ」
「あ?」
「急いで着替えるから」
「何を今更恥ずかしがることがある?そなたの裸なぞ散々……」
「ぬおおおお!いいから!出てってよ!」
何を言い出すんだ!バカ!恥ずっ!皇を部屋から追い出して鍵をかけた。
「もう!」
外から『まだか?』『早く致せ!』という皇の声を聞きながら、オレは急いで着物を着た。
あんな風に早退させてさ!めちゃくちゃ心配しちゃったじゃん!こんなことなら最初から学校休めって言っておいてくれたら良かったのに!
っていうか……皇が学校休んだのって、この落成祝いの、ため?
「……」
オレ……帰ってきてからずっと、皇に文句言いっぱなしだった。
何を増築してたのかわからないけど、オレのためにしてくれてたのに……。
「もういいよ」
鍵を開けた途端入って来た皇に『何の増築かわかんないけどありがと』と言うと、ふわりと抱きしめられた。
「礼はまだ早い」
そう言って皇は、オレのおでこにキスをした。
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