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微触⑤
一枚板で作られたらしい重厚な木の扉が開いて、側仕えさんたちが中に入って来た。
昼と同じような三段に重ねられた重箱を、さんみさんとしいさんが、オレと皇の前にそっと置いてくれた。
こたつの中では皇の足の指が、オレの雁首を挟み込んで、動きを止めている。
……もう……どうしよう。
体を動かせば、こたつの中でこんなことになっているのが側仕えさんたちにわかってしまいそうで……息が荒くなるのを、どうにか落ち着かせて、じっとしているのが精一杯だ。
皇はオレの足首を掴んだまま、何食わぬ顔をしている。
ちょっと見ただけだと『寒いから手までこたつに入れてます』風だ。
何なの!こいつ!
「若様、本日このままお渡りでよろしいでしょうか?」
「ああ、それでも良いのだが……」
そう言って皇が、オレのペニスを挟んでいる足の指に力を入れた。
「っ!」
「雨花様?お顔が赤いようですが熱でも……」
「いえっ!だいじょ……ぶ、です」
「具合が悪いのか?……そうであれば、余は本丸に戻ろう」
皇は表情も変えずそう言うと、こたつの中の足の指をほんの少し上下させた。
それだけのことなのに、飛び上がるほど体が大きく震えた。
これ以上こんなことされたら、オレ……声を出すのを……我慢、出来ない。
「や……」
何が『具合が悪いなら本丸に戻ろう』だよ!
皇が何を言わせたくてこんなことをしているのか、わかってる。
『渡って』って、オレから言わせたいんだ。
言って欲しいなら、言ってやれないこともない。けど!こんな、側仕えさんたちがいる前でとか……恥ずかしくて言えるか!
「ん?」
「……あ、う……」
そのまま言い淀むと、皇はまた足の指を動かした。
「っ!……か、帰らない、で」
くっ……屈服。
もう恥ずかしくて、皆の顔が見られないっ!!
満足そうに鼻で笑った皇が、掴んでいた足首を離して、下着の中に潜らせていた足をスッと引いた。
はあ……。
皆の前でものすごい恥ずかしいことを言っちゃったけど、こたつの中ではもっと恥ずかしいことになってたのは、側仕えさんたちにバレてないよね?!
もー!皇のバカーっ!そこら中に大声で叫びたい気分だよっ!
「雨花様がそのようにおっしゃるとは……」
いちいさんが感動している。
いちいさんには、あの無理矢理言わされた恥ずかしい"お願い"が、感動することなんですか?
ふと周りを見ると、側仕えさんたちは皆、同じように喜んでいる。
……余計恥ずかしいっ!
『では若様、お渡りということでよろしいでしょうか?』と、いちいさんが聞くと、皇は『雨花がここまで申すゆえ』と、ニヤリと笑った。
何なんだ!お前のその小芝居は?!
ギッと皇を睨んで、崩れた着物の裾を、こたつの中でそっと直した。
……下着が濡れているのがわかる。
もーーーーっ!何なの!こいつっ!
皇は涼しい顔をして、自分の顎を一撫でした。
その仕草が、憎たらしいくらい様になってて……。
オレはこたつの中で、皇の足を思い切り蹴ってやった。
「っつ!」
「若様?いかがなされましたか?」
「いや……こたつの中で、雨花がいらぬちょっかいをかけて参った」
「なっ?!」
それは、おーまーえーだああああっ!
っつか、妙な言い方すんな!蹴られたって言えばいいじゃん!何かオレが、変なことしたみたいに聞こえるじゃん!
「良い。それだけ余を、ここにとどめておきたいということであろう」
「ちっ……」
……がう……とか言ったら、また変なことされる。絶対される!
オレは言い訳するのはやめて、口を閉ざすことにした。
皇は下唇を噛むオレを見て鼻で笑うと『雨花の望みだ。このまま渡る』と、ほくそ笑んだ。
側仕えさんたちはその皇の言葉に『ほぅ』と感嘆のため息を吐いた。
何これ?なんでお前の評価が上がったみたいになってんの?
……でも、下手に反論するとあとが怖い。くっそー!
オレは皇を完全無視することにした。
一人で『いただきます』と手を合わせて、さっさと夕飯を食べ始めた。
「高遠先生にはお断り致しましょうか?」
いちいさんがお膳を片付けながらそう聞いてきた。
「え?いえ。ちゃんと勉強させていただきます!」
「しかし若様が……」
「良い。雨花のしたいようにさせたい」
「……」
何、カッコイイこと言ってんだよ、バカ!
ドキドキしちゃったじゃん!
「雨花を待つのは慣れておる」
「……申し訳ございません」
「何でいちいさんが謝るんですか!いいんです!待たせておけば!」
「あ?」
また眉を顰めた皇が、オレを睨んだ。
したいようにさせたいとか言った割にはすぐ怒るんだから。
何を考えてるのか全然わからなかった頃に比べたら、今のほうが断然いいけど。
皇はふっと表情を緩めると『まあ良い。次はそなたを待たせてやろう』と、ニヤリと笑った。
……どういうこと?
嫌な予感しかしない。
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