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微触⑨
「手紙を貰ったりするのは、オレに隙があるからなんだよね?」
「ああ、そうだ。ようやく自覚したか?そなたは余のもの。その意識があれば、人はそなたに言い寄ろうなぞ思わぬ」
「それって……お前も同じだよね?」
「あ?……何が言いたい?」
「お前の机の中に、チョコらしき箱が入っているのを見た!どうだ!お前にも隙がある証拠だ!」
うわぁ!気持ちいい!どうだ!皇!
ビシッと皇に向けて差した人差し指を、皇がキュッと握った。
……え?
「そなたがそこまで喜ぶのであれば、そういうことにしておいてやりたいところだが……」
皇は、握ったオレの指先にキスをすると、ニヤリと笑った。
「わざわざ嘘をつくまでのことでもあるまい」
は?どういうこと?
皇はものすごく嬉しそうに『あれは珠姫からの贈物だ』と言った。
毎年必ずバレンタインデーには、机の中に珠姫ちゃんからのチョコレートが入っているとか、言ってるんだけど……。
「嘘っ!」
またまたー!オレに負けたくないからって、そんなでたらめを!
だって現物見てもいないじゃん!と、思ったのに、皇は懐から携帯を出してきて、珠姫ちゃんからのメールを見せてくれた。
”今年もお兄ちゃんの男よけにチョコ入れといたよー♡”と、書いてある。
男よけって何?それより、学校も全然違うのに、机にチョコ入れるとか可能なの?あ、梅ちゃんか?梅ちゃんなら、皇の机にチョコ入れるなんて、普通に出来るよね。あの二人、本当に仲いいもんな。
「余に隙が生まれるとすれば……」
「すれば?」
オレがずいと近付くと、皇はふっと笑ってオレのおでこをピンと弾いた。
「痛っ!」
「そなたは余の寝首を掻きたくて仕方ないようだな」
皇はニヤリと笑って、携帯を懐に閉まった。
「あ、皇」
「ん?」
「携帯番号、教えてよ」
そういえば、皇の携帯番号、教えてもらってない。
「それは出来ぬ」
「え?」
「候補と連絡を取り合ってはならぬと言われておる」
「え?駒様も?」
「駒との連絡は、候補としてではなく上臈としてのみだ」
「……」
いい気になってると、こうやって思い知らされるんだ。すごく近付いたと思っても……本当は全然届いてないんだって。
こんなに近くで、好きなだけ触れるのに、オレが本当に触りたい場所には届いてない。
こんなに近くにいると、すぐにオレは錯覚するんだ。オレだけ……特別なんじゃないかって。
「そのような顔をするでない」
皇はオレをギュウッと抱きしめた。
「そなたに何かあればすぐわかる。電話などせずとも、必ずそなたのもとに参る」
……違うよ、皇。
「……ん」
違うよ。
そう思うけど、言えなかった。
皇はもう一度オレを強く抱きしめて、部屋を出て行った。
「そうじゃないのに……」
皇の携帯番号を知りたがったのは、困った時に連絡するためだと思ったの?……違うよ。
ただ、ちょっと声が聞きたいとか、くだらない内容のメールのやり取りとか、そんなことがしたいなって……ちょっと、思っただけなんだ。
「はあ……」
でも、今日ばかりは"特別"じゃなくて良かったかもしれない。だって候補みんなが、皇の連絡先を教えてもらってないんだから……。
こんな嬉しいプレゼントをもらった日に、わざわざ落ち込むことないよ。
こたつ……本当に嬉しいよ、皇。
そんな風に思っていると、オレを起こしに来てくれたいちいさんに『こたつで寝たら駄目ですよ。風邪をひきます』と、注意された。
えっ?!なんで?見てたの?!いちいさん?!
オレがビックリして声を失うと、いちいさんはこたつの隣に敷かれた布団をチラリと見て『お布団に皺一つございませんので』と、笑った。
あ!確かに!
いちいさんの名探偵っぷりに、言い訳すら出てこない。
こたつで寝ちゃったのは、たたみの上で急に襲ってきた皇のせいで……なんて、そんなこと言えるわけないっ!
『気をつけます』と、いちいさんに思い切り頭を下げた。
次、あんなことになったら、寝ちゃう前に布団に入るように気をつけなきゃ!こたつで寝ちゃって風邪でもひいたら、こたつがあるからだ、なんて、思われちゃうかもしれないもんね。
お前を悪者にはしないからね。
皇からもらったこたつをそっと撫でた。
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