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パリは萌えているか④
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食料品を買って帰る途中、田頭から電話が入った。
今夜は外食にしようって。
ばっつんだって着いたばかりで疲れてるんだから、今日はゆっくり外食にしようなんて言われたら、喜んで外食しちゃうよ。
小さなビストロでご飯を食べて、みんなでアパルトマンに戻ると、すぐに先生から連絡が入って、今日の日記と会計報告を取りに来ると言われた。
バタバタ用意をして、先生に日記と会計報告を渡して一息吐くと、あっという間に11時を過ぎていた。
皇、かにちゃんと一緒の部屋で大丈夫なのかな?
すごく気になって、一番最後までお風呂に入らず、リビングでテレビを観ていたけど、皇は特に気にした様子もなく、お風呂から出て来ると『明日はマルシェに行くのだろう?早く寝ろ』と、オレの頭をポンっと撫でて、さっさと部屋に入ってしまった。
「……」
大丈夫なんだ?まぁ、かにちゃんって飄々としてるし、誰とでも合わせられそうだけど……。
オレはそれ以上変な心配をするのはやめて、お風呂に入って寝ることにした。
ギィギィという音がどこからともなく聞こえてくる。
寝ようと電気を消してすぐ、そんな音が聞こえてきて、どうにも眠れなくなってしまった。
窓から外を覗いてみても、風は強くない。風で木がぶつかり合うような音だったのに、そうじゃないとすると、一体何の音なんだろう?
「……」
ここ、案外古いアパルトマン、だよね?
まさか……幽霊、的な?こういうの、何ていうんだっけ?パッチ音?バッタ?……あ、ラップ音!ラップ現象だ!
ど、どうしよう!幽霊?!まさかのパリで幽霊?!
皇……のとこには、行けないよね。
田頭とサクラのとこにも行けないし。
こうなりゃ、ふっきーのとこに行くしかない!
枕を抱えて部屋を出た。
リビングを越えてすぐのところにあるふっきーの部屋のドアをノックしようとした瞬間、後ろから伸びて来た手に口を塞がれ、体を強く引かれた。
「っ?!」
なにいいいいいいっ?!
パニックになっていると、耳元で低い声が囁いた。
「詠の寝込みを襲うつもりか?」
皇?!
この声と香り、絶対皇だ!
口を塞いでいる手を払いのけて振り向くと、皇が顔をしかめてオレを睨んでいた。
「あ……」
え?何してんの?
「何をしておる?」
いや、それこっちの台詞だし。
「詠の寝込みを襲いに参ったか?」
「違うよ!」
何でオレがふっきーを襲うんだよ。
「声が大きい」
「あ……」
皇はオレの髪にふっと唇を寄せて、もう一度『何をしておる』と聞いた。
今度は、優しい声だった。
「変な音がしてきて……」
「ん?」
「ラップ音かも」
「ラップ音?」
ラップ現象、知らないかな?それもこいつ、調べるかも。
「幽霊が出る時に出す音だよ」
そう言うと皇は『幽霊?』と言って、ぷっと吹き出した。
「笑い事じゃない!」
「声が大きい」
「あ……」
皇はもう一度鼻で笑うと『何故余のもとに参らぬ』と、オレを睨んだ。『かにちゃんと同室なのに行けるわけないだろ!』と言うと、『来る気はあったのだな』と、ニヤリとした。
「……」
あったに決まってんだろ!一番に頭に浮かんだのは、お前なんだから!
どんな音かと皇が聞くから、説明出来ないから聞きに来てよと、部屋に皇を連れて行った。
「何も聞こえぬ」
オレの部屋のベッドに座って、皇は耳を澄ますとそう言った。確かにもう聞こえて来ない。なんだったんだろう?あの音。
「余がここで寝てやる」
「え?オレがかにちゃんと寝るってこと?」
「あ?そなたもここで共に寝るのだ」
皇に手を引かれて、二人でベッドに寝転ぶ形になってしまった。
「二人で寝られるではないか」
「だっ!駄目だよ!」
こんな風に怖がって、皇を部屋に引き込むとか、絶対駄目!
さっきの買い物はみんなに頼まれたことだし、ただ一緒に歩いただけで……あ、ちょっと手は繋いじゃったけど!それだけで……おかしなことはしてないけど。
こんな、一緒に寝るとか、絶対駄目だよ。だってふっきーもすぐそこにいるのに、こんなのフェアじゃないじゃん。
オレはベッドに寝転ぶ皇の手を引っぱって、無理矢理ドアの外に押し出した。
「もう音は聞こえないし、大丈夫。ありがと。一人で寝られるから」
そう言って、思い切りドアを閉めた。
「何かあれば、すぐ参れ」
皇がドアの外からそう言って、リビングのほうに歩いて行くのがわかった。
「はぁ……」
大丈夫って言ったけど、本当はまだ全然、怖かった。
だけど……そんなオレが安心して少し眠れたのは、皇が何度もこっそりオレの様子を伺いに来てくれたのがわかったからだ。
皇の香りと足音は独特だから、すぐわかるんだよ。
今度は嬉しくて、眠れなくなっちゃったじゃん、バカ。
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