200 / 584
パリは萌えているか⑥
サクラが自分だけ行けないなんてと駄々をこね始めたので、結局皇と二人で出掛けることになった。
二月のパリはものすごく寒い。そんな中、皇と二人、自転車を借りてマルシェに向かった。
引越したあとも、何度かパリには遊びに来たけど、マルシェにはここ何年も行ってない。
ここに住んでいた頃は、柴牧の母様とよく一緒にマルシェに買い物に行ったっけ。すごく懐かしい場所だ。
もしかすると、オレの中にある一番古い記憶って、マルシェで迷子になったことかもしれない。
後ろからついてくる皇の自転車姿は、思った以上に様になっていた。
皇って、何をしたらカッコ悪くなるんだろう?
口開けて寝ててもカッコイイんだから、トイレに入ってても、ロダンの彫刻みたいかも。
マルシェに着くと皇が『自転車もいいものだな』と、腕を組んだ。
うん、それは本当に同意する。
ちょっとさむいけど……。
「何をにやついておる」
「え……オレも、自転車楽しいなぁって思って」
皇と二人乗りとかしてみた……って、女子か!自分の妄想があまりに恥ずかしくて、顔が熱くなってしまった。
「そうか、楽しいか。次の誕生日まで待てるか?」
「は?」
何の話?
「余が贈るゆえ、いくら楽しいとはいえ、自ら買うでないぞ。雨花に自転車を贈らぬよう、皆にも言うておかねばならぬ」
「何それ」
「そなたへの贈物にはいつも悩まされるゆえ、これは逃せぬ」
お前の中でどんだけわがままキャラだよ?オレ。
「他の人には迷わないの?」
「他の者は何を贈っても喜んで見せるが、そなたは違う」
「そんなことないよ!」
この前の誕生日も、同じようなこと言われた気がする。
えー!?オレ、石ころ一個でも、そこに皇の気持ちが入ってるなら、すっごく大事にするよ?
皇は『そなたに会うまでは、余からの贈物は誰でも、どのような物であっても喜ぶものなのだと思うておった』と笑った。
何それ!オレがお前からプレゼントを貰って、喜ばなかったみたいじゃん!
『お前から何か貰って嫌だなんて言ったことないじゃん!』って言うと、『都合の悪いことは忘れるのだな』と、おでこを突かれた。
えー?!オレ、皇からのプレゼント、気に食わないなんて言ったことあった?
何の心当たりもない。
首を傾げると皇は『消しゴムだ』と言って顔をしかめた。
消しゴム?
また首を傾げると『そなたが消しゴムを忘れた時、余がくれてやると言うたに、それは好まぬと断りおったではないか』と、ちょっと口を尖らせた。
あ……思い出した!
席替えで皇の隣になったばっかりの頃、三日連続で消しゴムを忘れた時の話だ!
確かにオレ、消しゴムくれるって言った皇に『そういうの好きじゃないから』って言って、断った。
でもそれ、その消しゴムが嫌って意味で言ったんじゃなくて、物を貰うのが嫌って意味で言ったんだ。
その前にシャープペンの芯も貰ってたし、貰ってばっかりは気が引けて……。
結局、その翌日も消しゴムを忘れてあっさり貰ったんだけど……。
『あれ、そんな気にしてたの?』と言うと、皇はため息を吐いて『翌日余は違う種類の消しゴムを用意し、ようやくそなたは受け取ったのではないか』と、オレを睨んだ。
「いや、あれは!あの消しゴムが嫌って意味で言ったんじゃなくて、物を貰うのが嫌って意味で言ったんだよ。オレなりに遠慮してああ言ったのに」
皇ってちょいちょい、おかしな思い違いをするんだから。
「遠慮しておる者が、好まぬから要らぬなどと申すか?」
「実際申しちゃったんだから仕方ないだろ」
「どちらにしろ、そなたは余に対し畏怖の念がないということだ。鎧鏡を知る者で、余を鎧鏡の次期当主として扱わぬのは、昔馴染みの者共とそなたくらいだ」
「昔馴染み?」
そう聞くと皇は、同じ幼稚園に通っていた”幼馴染”と、今も交流があるのだと言った。
皇が通っていた”幼稚園”は、女人禁制の家の子ばかりが通う特殊な場所で、そんな特殊な家柄に生まれた者同士、気が合うのだろうと、笑った。
「えっ?!ちょっと待って!他にも鎧鏡みたいなうちがあるの?」
「ああ。女人禁制を守る一族は鎧鏡が唯一ではない」
うっそー!鎧鏡家みたいな日本昔話なおうちが他にもあるなんて!
マルシェの中を歩きながら、皇はその昔馴染みの話を、楽しそうに話してくれた。
「皇、友達いたんだね」
「あ?そなたは余をどれだけ見くびっておるのだ」
「え?別に見くびってないよ。浮世離れはしてるなって思うけど。話し方とかさ」
そうだそうだ!皇って、カッコ悪いとこなんてあるのかなって思ってたけど、こいつはとにかく話し方がおかしかったんだっけ!
慣れすぎちゃってどうも思わなくなってたけど、普通の人ならドン引きだよね。
「普通に話したほうが良いのか?」
「え?皇が楽なほうでいいんじゃん?」
「浮世離れと申したではないか」
「嫌とは言ってないじゃん。むしろ……」
そんな話し方のほうが、皇っぽくて……好きっていうか。
「ん?」
「お前、話し方がおかしいくらいでちょうどいいよ」
「やはりおかしいのではないか!」
「あははっ!」
「余とて変えようと思えば……」
「無理して変えないでいいってば」
だってオレ、そのまんまの皇が……好きなんだから。
「そのままがいい」
ともだちにシェアしよう!